『大日本古文書』 大徳寺文書 1 大徳寺文書別集真珠庵文書之一 p.164

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へく候、『仍後日のための状如件、, 六九宗虔口陀寺古蹟見聞記録, 文龜三年八月七日まこ二郎(略押), 丹坡州灰方村之内出灰村、此村城州』丹州之界也、中ニ溪川有、川ゟ西丹州, 明白也、子〻孫〻において、さらにいらんのわつらい』のき申へららす候、, 在山城國之内ゆつりは、おいこ、, 從文龜三癸亥年、到今安永七戊戌年、得二百四十八年、」, もしとかく申ともからあらは、』公方さまとして御さいくわとしにあつらる, 領、』民家上下合五十軒有之、光明寺役寺貳ケ『寺有之也、川ゟ東城州領、藤, 右かの地ハ、まこ二郎さうてんの地たりといへとも、』ようようあるによ, つて、ちきせん三百文ニ、永代』した寺へうりわたし申ところしつしやう』, 合, 東、ちるいをかきる、南、御寺の地をかきる、, 西、きしをかきる、北、ちるいをかきる, (附箋〕, ○縱一六・三糎、横三・三糎、コノ附箋、宗虔ノ筆ニカカル、今、分離, 相傳ノ地ヲ, 戸陀寺へ賣, 渡ス, 出灰村ハ山, 村ハ藤谷家, 山城國出灰, 城丹波ノ堺, 領ニシテ庄, 大徳寺文書別集眞珠庵文書之一(六九), ○縱一六・四糎、横五六・六糎, 一六四, ○縱一六・四糎、横五六・六糎

割注

  • 東、ちるいをかきる、南、御寺の地をかきる、
  • 西、きしをかきる、北、ちるいをかきる
  • (附箋〕
  • ○縱一六・三糎、横三・三糎、コノ附箋、宗虔ノ筆ニカカル、今、分離

頭注

  • 相傳ノ地ヲ
  • 戸陀寺へ賣
  • 渡ス
  • 出灰村ハ山
  • 村ハ藤谷家
  • 山城國出灰
  • 城丹波ノ堺
  • 領ニシテ庄

  • 大徳寺文書別集眞珠庵文書之一(六九)
  • ○縱一六・四糎、横五六・六糎

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  • 一六四
  • ○縱一六・四糎、横五六・六糎

注記 (28)

  • 998,581,77,1021へく候、『仍後日のための状如件、
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