『大日本古文書』 幕末外国関係文書 6 安政元年4月~同年6月 p.528

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國帝殿下ニ於ても、御滿足に被思召候半と奉存候、第七月十日, 心得不申、無存掛引〓候儀ニ御坐候, 民を上陸爲致、直樣長途の用意い〓しし、歸帆仕度奉存候、然ル處、御役人衆よ, 一日本漂民勇之助と申者、洋中ニて破船ニおよひ、難儀いたし居候を亞墨利, 由可仕、且私儀不快ニも有之候故、下田え連越候儀は好不申、當所ニて右漂, 加船に助られ、シント、フランキスコ, 當湊に連越候儀を御達申上候、斯く亞墨利加人日本人を厚く取扱候儀を、, り御達ニは、是非下田え連行候樣との儀には候得共、下田は危難之塲所ニ, 一漂民勇之助儀を又候連歸候而は、雜費之損失も相掛、猶當人ニ於ても不自, 着岸仕候處、日本漂民て下田え連行候樣、御役人衆ゟ御達有之候間、下田近, 所迄罷越候處、風浪之爲め、又々浦賀湊へ引〓候、右は外に船繋塲之儀も相, 千八百五十四年, に乘せ、, 日本, 當湊, 江戸海浦賀において、, 第七月十七日, 之助日本に歸度旨申出候ニ付、尤之儀よ存し、私船「レジ、ビールス, に上陸いしし居候を見受候處、右勇, 漂民護送の件, 安政元年六月, 嘉永七, 六月廿, 四日, 號, 寅年, 地, 六月十, 七日, 名, 船, 田ヘ護送, 下田ハ危, 漂民ハ下, 難ノ塲所, スベシト, ノ命, 安政元年六月, 五二八

割注

  • 嘉永七
  • 六月廿
  • 四日
  • 寅年
  • 六月十
  • 七日

頭注

  • 田ヘ護送
  • 下田ハ危
  • 漂民ハ下
  • 難ノ塲所
  • スベシト
  • ノ命

  • 安政元年六月

ノンブル

  • 五二八

注記 (39)

  • 1021,635,59,1851國帝殿下ニ於ても、御滿足に被思召候半と奉存候、第七月十日
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