『大日本古文書』 幕末外国関係文書 28 安政6年10月 p.368

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神奈川奉行へ洋銀引替方斷り并銅線銅板賣買停止の件, 開くへき談判にも及ひしなれとも、此度申聞らるゝ趣もあれハ、猶他の港を再査して、商, 一八三十月二十四日神奈川在勤米國領事ドーア書翰, といへとも、猶其許おゐても通達取扱の程頼入候、依て答書如斯候、拜具謹言、, 議におよふへきの處、西北の海追々風雪の候に向て通航易からされハ、條約に極めしこと, く、一月一日に港を開くの都合にハ至りかたきに付、右期限は再議を以て定むへし、尤其, 事少なからす、其中新潟の地勢ハ、陸路の便利ありて、人煙稠密なるにより、兼て同港を, 段貴國人民へ普く通達有之に付あは、佛蘭西・英吉利・阿蘭陀各全權へも、此旨談判申達, 赤松左衞門尉・酒井隱岐守兩名にて安政六年十月二十日と記せる報告、此コンシュル館に, 千八百五十九年第十一月十八日、神奈川の亞墨利加合衆國コンシュル舘にて、, 安政六未年十月廿四日, 間部下總守(花押), ), (, 脇坂中務大輔(花押), 米國大使館文書外務省引繼書類之内米理堅往, 復書翰留同亞國往復書翰同舊記類纂書類, 脇坂中務大輔(花押), 場ニ選ビシ, ナシ難シ, 港ノ調査ハ, 理由, 候ナレバ代, 目下風雪ノ, ハ再議ヲ以, 米國, 開港ノ期限, 新潟ヲ開港, テ定メン, 安政六年十月(一八三), 三六八

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  • 米國大使館文書外務省引繼書類之内米理堅往
  • 復書翰留同亞國往復書翰同舊記類纂書類
  • 脇坂中務大輔(花押)

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  • 場ニ選ビシ
  • ナシ難シ
  • 港ノ調査ハ
  • 理由
  • 候ナレバ代
  • 目下風雪ノ
  • ハ再議ヲ以
  • 米國
  • 開港ノ期限
  • 新潟ヲ開港
  • テ定メン

  • 安政六年十月(一八三)

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  • 三六八

注記 (31)

  • 488,781,78,1885神奈川奉行へ洋銀引替方斷り并銅線銅板賣買停止の件
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  • 1182,553,63,2028といへとも、猶其許おゐても通達取扱の程頼入候、依て答書如斯候、拜具謹言、
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