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を受取ることが困難だった爲、そこで暫くとどまった。艦隊司令長官が長崎に向けコルベッ, たら長崎にそれを屆けることが、スベトラーナ號に指示された。十月二十四日、渤海灣から, ト艦ボヤーリン號に乘船して去った後、ロシア駐清公使からの至急便を待ち、それを受領し, 〓艦船行動一覽, への航路上で郵便船フォルモサ號に出會い、その爲カズナーコフ海軍大尉は郵便の爲上海に, 〓らされた。他方、ボヤーリン號は揚子江で碇泊した。十八日朝、濃霧が進行をはばんだが、, 郵便物が屆き、二十五日同艦は拔錨し、三十日、長崎に到著した。現在も同地にある。, 〓日十二月二十二日に到著した郵便は、我々に委員會局の信用状を運んで來た。, 午後一時、北西から吹き始めた風に帆を掲げ、, 〓コルベット艦ボヤーリン號, 十一月一日、渤海灣にあるクリッパー艦オプリーチニク號とラズボーイニク號に食糧を屈, 〓フリゲート艦スベトラーナ號十月三日、呉淞に到著した同艦は、必要量の乾パン總て, 〓フリゲート艦スベトラーナ號, ヤーリン號十月十七日、艦隊司令長官を乘せ上海を拔錨したが、呉淞, 萬延元年十一月, (グレゴリオ暦一八六一年一月三日), (萬延元年十月一日), (〓mopckoh c6oph nk〓1861,3,ctp.238-247.), (萬延元年九月二十九日), (萬延元年九月二十四日), (萬延元年九月二日), (萬延元年九月十六日), 〓十月三日、呉淞に到著した同艦は、必要量の乾パン總て, 一十五日、長崎に到著した。, 十月十七日、艦隊司令長官を乘せ上海を拔錨したが、呉淞, (グレゴリオ暦一人六〇年十月十五日), (グレゴリオ暦一八六〇年十一月六日), (グレゴリオ暦人六〇年十月二十九日), (グレゴリオ暦一八六〇年十一月十三日), 海著, 領後出航九, 月二十九日, ス號, ボ號, 長崎著, 公使書翰受, 九月十六日, 上海出航, 域艦隊行動, 露國中國海, 九月二十四, 別紙, 日長崎著, 二艦二食糧, 九月二日上, 渤海灣滯在, 〓, 七四
割注
- (萬延元年九月二十四日)
- (萬延元年九月二日)
- (萬延元年九月十六日)
- 〓十月三日、呉淞に到著した同艦は、必要量の乾パン總て
- 一十五日、長崎に到著した。
- 十月十七日、艦隊司令長官を乘せ上海を拔錨したが、呉淞
- (グレゴリオ暦一人六〇年十月十五日)
- (グレゴリオ暦一八六〇年十一月六日)
- (グレゴリオ暦人六〇年十月二十九日)
- (グレゴリオ暦一八六〇年十一月十三日)
頭注
- 海著
- 領後出航九
- 月二十九日
- ス號
- ボ號
- 長崎著
- 公使書翰受
- 九月十六日
- 上海出航
- 域艦隊行動
- 露國中國海
- 九月二十四
- 別紙
- 日長崎著
- 二艦二食糧
- 九月二日上
- 渤海灣滯在
- 〓
ノンブル
- 七四
注記 (48)
- 1218,710,63,2222を受取ることが困難だった爲、そこで暫くとどまった。艦隊司令長官が長崎に向けコルベッ
- 976,713,59,2226たら長崎にそれを屆けることが、スベトラーナ號に指示された。十月二十四日、渤海灣から
- 1095,709,63,2234ト艦ボヤーリン號に乘船して去った後、ロシア駐清公使からの至急便を待ち、それを受領し
- 1462,983,55,428〓艦船行動一覽
- 608,726,62,2214への航路上で郵便船フォルモサ號に出會い、その爲カズナーコフ海軍大尉は郵便の爲上海に
- 486,711,69,2252〓らされた。他方、ボヤーリン號は揚子江で碇泊した。十八日朝、濃霧が進行をはばんだが、
- 852,706,60,2128郵便物が屆き、二十五日同艦は拔錨し、三十日、長崎に到著した。現在も同地にある。
- 1829,779,56,1906〓日十二月二十二日に到著した郵便は、我々に委員會局の信用状を運んで來た。
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