『大日本古文書』 幕末外国関係文書 45 万延1年11-12月 p.68

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ティーハヤ埠頭は既に堅く結氷しており、我々の碇泊期には、寒さが氷點下十二~十四度, 何物も缺乏していないことを私は見出した。私はここで、我々が到著する二週〓前、輸送船, にまで達していることを私は見出した。聖オリガ灣にある哨所は、良く整った状態にあり、, キー氏の好意に甘えて、我々の到著日に聖オリガ灣から出發した郵便に追いつかねばならな, ヤポーネツ號が艦隊用補給品竝びに金を以て當地にあり、そしてウラジヴォストークに去っ, から食糧を自艦の爲に受取った後、箱館に出帆したことを知った。哨所指揮官大尉マネフス, ※ウラジヴォストークには越冬期、カザケヴィッチ海軍少將からの特別指令をもっているコルベット艦, たこと、八月末、新しい諸港に派遣されたコルベット艦ヴォエヴォーダ號が、ヤポーネツ號, かった特使に持たせて、若干の必要書類をニコラエフスクに向け發送した。そして、その後, 時間を失わないことを決意し、直ちに聖オリガ灣に向かって航海し、同地に十一月十六日に, 拔錨した。, ※マネフスキー氏が私に語った處によれば、この陸路通信は、ウスリー河迄、冬期には十八日かかり, グリーデン號が存在している、, 到著した。, (萬延元年十月十六日), 年十一月二十八日), した。十一月二十日、我々は津輕海峽に接近し、その夜箱館に到著した。, (グレゴリオ暦一八六〇年十二月二日), (萬延元年十月二十日), 十一月二十日、我々は津輕海峽に接近し、その夜箱館に到著した。, 年十一月二十八日), (グレゴリオ暦一八六〇, ウ港ニ碇泊, 同港二寄港, 状態良好ナ, 夜箱館ニ到, セシ事實ヲ, 越冬期グ號, ヲ出航ス, 號及ビヴ號, 發送後同港, オ港尼港間, オ港ニテヤ, 知レリ, オ港哨所ノ, 尼港二書類, オ港ニ入港, 著ス, 十月二十日, ノ通信ハ冬, シヲレリ, 十月十六日, ス, リ, 萬延元年十一月, 六八

割注

  • (グレゴリオ暦一八六〇年十二月二日)
  • (萬延元年十月二十日)
  • 十一月二十日、我々は津輕海峽に接近し、その夜箱館に到著した。
  • 年十一月二十八日)
  • (グレゴリオ暦一八六〇

頭注

  • ウ港ニ碇泊
  • 同港二寄港
  • 状態良好ナ
  • 夜箱館ニ到
  • セシ事實ヲ
  • 越冬期グ號
  • ヲ出航ス
  • 號及ビヴ號
  • 發送後同港
  • オ港尼港間
  • オ港ニテヤ
  • 知レリ
  • オ港哨所ノ
  • 尼港二書類
  • オ港ニ入港
  • 著ス
  • 十月二十日
  • ノ通信ハ冬
  • シヲレリ
  • 十月十六日

  • 萬延元年十一月

ノンブル

  • 六八

注記 (46)

  • 1339,779,63,2174ティーハヤ埠頭は既に堅く結氷しており、我々の碇泊期には、寒さが氷點下十二~十四度
  • 1093,721,65,2232何物も缺乏していないことを私は見出した。私はここで、我々が到著する二週〓前、輸送船
  • 1217,725,62,2195にまで達していることを私は見出した。聖オリガ灣にある哨所は、良く整った状態にあり、
  • 607,726,62,2230キー氏の好意に甘えて、我々の到著日に聖オリガ灣から出發した郵便に追いつかねばならな
  • 974,728,63,2214ヤポーネツ號が艦隊用補給品竝びに金を以て當地にあり、そしてウラジヴォストークに去っ
  • 728,727,64,2226から食糧を自艦の爲に受取った後、箱館に出帆したことを知った。哨所指揮官大尉マネフス
  • 1588,836,51,2114※ウラジヴォストークには越冬期、カザケヴィッチ海軍少將からの特別指令をもっているコルベット艦
  • 851,731,62,2225たこと、八月末、新しい諸港に派遣されたコルベット艦ヴォエヴォーダ號が、ヤポーネツ號
  • 484,729,64,2230かった特使に持たせて、若干の必要書類をニコラエフスクに向け發送した。そして、その後
  • 1827,712,62,2233時間を失わないことを決意し、直ちに聖オリガ灣に向かって航海し、同地に十一月十六日に
  • 364,727,51,236拔錨した。
  • 247,847,53,2098※マネフスキー氏が私に語った處によれば、この陸路通信は、ウスリー河迄、冬期には十八日かかり
  • 1465,877,45,612グリーデン號が存在している、
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