『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 1 (附録之一) p.14

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谷に止宿, いたし兵庫にいたる, にて大藏, 生キ居たり。須磨浦にて。タコを大なる桶に入有。みな達者に生たり。いろひ, り來めて見たらは。めつらしのるへけきと。舞子の濱の松林之外は。いつ方, 銘をいふ故に。正宗といふ酒に。直段數品有。平均二十樽十六七兩之もの之, 舊跡も有なるへし。○たふ兵庫にて。大坂與力共鯛とハモをくれたり。みな, 郎附添。播磨境迄來る。○源氏又は松風村雨の舊跡有。後來は里見八犬傳の, 濱等。いつれもよきけしき之。大藏谷といふは。則あかしの浦之。京都なとよ, と云〓。たふ西宮より。兵庫に至る。此所大坂の〓く。船の入津大坂よりも多, き須磨あかしのな小林金左衞門元養子當時川上金吾助手代桑名佳十, にても。有けしき之。乍去。としを經く山と水とにあきぬれと猶めつらし, と云。繁昌目を驚をり。西宮より茨住吉岩屋村之内地内といふ所にて。小休, こりにて。家々にてすたれをかくる之。けふのみち。生田森生田社其外舞子, きかへる乃ことくさて〳〵ブキビなるもの之, 羽〓より一ノ谷之間。敦盛の墓有。須磨浦にはいにしへのな, 兵庫より羽〓一谷垂海乃小休, 十九日曉雨午後より快晴今度の旅行も。天氣都合殊によろし。明石を拂, 川路長崎日記之, 、幕府代官), 五里, 以上, 播州, 以上四, リ半, ヘ, 大藏谷ニ, 宿ス, 川路長崎日記之, 一四

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  • 五里
  • 以上
  • 播州
  • 以上四
  • リ半

頭注

  • 大藏谷ニ
  • 宿ス

  • 川路長崎日記之

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  • 一四

注記 (30)

  • 1353,648,58,279谷に止宿
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