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人をも不上候事、, はや本復成間敷躰候、然處、唐人正以藥にて少驗之躰之候、畢竟如何可在之もし, 立允此地へ見廻二越候小性〓候間令申候、, 追〓申候、乗山左近はや久相煩候つる、此比以之外積發、顔手足之も腫氣出、も, 等所へ可給候、屆可申事、, へ共、爰元之儀二候へは、座敷毎此儀迄之取沙汰ニ候、乍去、實正何共不被聞屆二付、態, さらをせめて便状成共遣度由御申候間、幸之儀と此者大隅殿之状登せ申候、返事候よ我, 九五七四月廿八日書状(折紙), 「寛九小倉にて」, 一、大隅殿ゟ、此儀二付其方へ態使者を下度由度々御申候へ共、我々御無用之由申る留申候、, れ不申候、便宜ニ状を被遣可然候、以上, 一、先度、加藤肥後息松平豐後事、大方道家左近右衞門所ゟ申上せたる由候、其後替儀無之候, 寛永九年四月(九五七), 端裏貼紙、異筆), (細川立孝), 沙汰〓リナレ, 光廣謀書ノ取, 島津家久忠利, ド眞實知レズ, 唐人正以藥少, 驗アリ, 桑山貞晴病ム, ニ書状ヲ送ル, 寛永九年四月(九五七), 一七八, 天印一番
割注
- 端裏貼紙、異筆)
- (細川立孝)
頭注
- 沙汰〓リナレ
- 光廣謀書ノ取
- 島津家久忠利
- ド眞實知レズ
- 唐人正以藥少
- 驗アリ
- 桑山貞晴病ム
- ニ書状ヲ送ル
柱
- 寛永九年四月(九五七)
ノンブル
- 一七八
- 天印一番
注記 (26)
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