『大日本近世史料』 細川家史料 9 細川忠利文書二 p.331

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て方々損申候、宗茂屋敷之邊取分損、其前ニ御舟なとかけ置申候處、六七艘損、御風呂舟, らひなかし、田も少殘り申候、豐後路は取分波入、海邊之田散々にて御座候、豐後邊と、, 屋敷〳〵の植木吹折、或と根共こたをれ申、家は木こあわせ候へはそこね不申候、風は北, すうちわり申候由、其外之御舟よつくろひニ成可申由、具之儀ハ中津ゟの可申上候、小倉廻, 候、右之かつこうコは田と餘そこね不申候、古キ家ともの躰にか〳〵敷御座候、其元如何, 西こて御座候、大橋廻堤之上を三間高ク浪こし申候、然共事之外雨ふり申候故、しほをあ, 百姓之家十ノ物八ツはつふれそこね申候、國中より小倉之方は、家もなまそこねフて御座, 熊以飛脚申上候、仍八月五日之晩ゟ六日まて大風吹候あ、中津御屋敷廻高しほ、又を波に, と御見廻如此候、此旨可有披露候、恐々謹言, 貴田半左衞門尉殿, 八月七日, ノ竹木折損ズ, 堤ヲ超フ, 入り被害多大, 館高潮ニ損ズ, 小倉廻ノ屋敷, 高波大橋廻ノ, 國中ヨリ小倉, 中津ノ三齋居, 豐後路高波潮, ナリ, 豐前大風吹ク, ハなまそこね, 寛永七年八月(三八一), 三三一

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  • ノ竹木折損ズ
  • 堤ヲ超フ
  • 入り被害多大
  • 館高潮ニ損ズ
  • 小倉廻ノ屋敷
  • 高波大橋廻ノ
  • 國中ヨリ小倉
  • 中津ノ三齋居
  • 豐後路高波潮
  • ナリ
  • 豐前大風吹ク
  • ハなまそこね

  • 寛永七年八月(三八一)

ノンブル

  • 三三一

注記 (25)

  • 1629,773,74,2173て方々損申候、宗茂屋敷之邊取分損、其前ニ御舟なとかけ置申候處、六七艘損、御風呂舟
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