『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.166

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れはしれ申ましきかと存候事, 先可被返由、一段可然存候事、, まて申候内、右之分ニ候間、旁いそき候而、作事可申付ため、來ル廿五、中, うへも、此已前ゟ事々敷もり候間、るねをふきなおし可申と、かいつ殿, 候間、可被得其意候事、, 大炊頭を以御禮申上候事、, 津へ我々相越候、やうすは式部右近所ゟ可申事、, 色々之祕藥付られ候事、奇特と存候事、, 〓爰元去十六七日、大風ふき。家矢藏田畠損候事、大かたならす候、中津御, 一光壽院殿、其方へも、細々御菓子御鷹之鳥なと被爲拜領候事、此度土井, 一「黒筑二番目之子息、若君樣へ奉公ニ被出候由、やけどなおりかね候て、, 一加藤肥後家中、二ツこわれ候こ付、可被成御仕置かと、さけすみ之由、そ, 「万病圓拜領之御禮、彌五衞門被召出、御帷子已下拜領之御禮、此度申上, 同廿九日, 傳長老御前替事は無之、南光坊との公事は、まけられ候由、苦々敷候事, 右同, 右同, 元和二年六月十一日, 右同(齒齋夫人), 右同, 永九年五月二十九日ノ條ニ見ユ, ○加藤忠廣改易セラルヽコト、寛, ○中略、松平忠輝改易ノコトニ, カヽル、七月六日ノ條ニ收ム, 右同, 家中ノ内, 加藤忠廣, 崇傳御前, 替ルコト, ナキモ公, 風, 豐前ノ暴, 訌, 元和二年六月十一日, 一六六

割注

  • 永九年五月二十九日ノ條ニ見ユ
  • ○加藤忠廣改易セラルヽコト、寛
  • ○中略、松平忠輝改易ノコトニ
  • カヽル、七月六日ノ條ニ收ム
  • 右同

頭注

  • 家中ノ内
  • 加藤忠廣
  • 崇傳御前
  • 替ルコト
  • ナキモ公
  • 豐前ノ暴

  • 元和二年六月十一日

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  • 一六六

注記 (35)

  • 720,804,63,921れはしれ申ましきかと存候事
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