『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.372

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事とは存知候、其樣子を略上左ニ申候へは、理右存分ニは、庄兵衞殿へと, 一右何れなりとも、御同心ならは、庄三養子ニ仕候て、銀子なとも相添, 可申の内證にて候、一其御兩人之年を不存候故、相生なとを見候事は、, いまた不仕候、御報ニ年をも御書付候〓御越候はゝ、相生をもよく見可, 被存候との庄三口引にて候、それも貴樣御分別次第ニ候、紙面ニ可承候, 煩之躰、先日之比ハ咲止ニ御座候ツル、此頃驢庵之御藥一段と相當し候, 申候、若兩條共ニいやと思召候はゝ、これも具ニ御報ニ可承候、一庄三, て、事之外驗氣ニ御座候、驢庵之口も脈躰なをり申候由候、寒中しかと養, も、右兩條之内、何にても御同心可然候か、同は十一のを平三郎殿へ可然, 故、態飛脚差上せ候、樣子被成御談合、いなさの御返事可被仰越候、其御書, 我等も逗留之内ニ、此兩條之返事承屆於相調者、彌双談しめ申度由ニ候, 生候はゝ、すきと可爲本復との口引ニ候、一目も此中馬嶋法印つきて被, 煎候〓、貴老へ内證入魂申、相調候樣ニとの儀ニ候、當地ニ庄三、理右、又は, 中、則庄三へ見せ可申候間、其御分別候て御返事待申候、一我等存知候, 居候、我等肝煎ニて寺志州内ニ、須摩七左衞門と申候て、目藥師之こうし, 旋ヲ依頼, 後藤光次, 後藤光次, 崇傳ニ翰, 病ム, ス, 元和元年雜載, 三七二

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  • 旋ヲ依頼
  • 後藤光次
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  • 元和元年雜載

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  • 三七二

注記 (23)

  • 1211,708,71,2160事とは存知候、其樣子を略上左ニ申候へは、理右存分ニは、庄兵衞殿へと
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