『大日本近世史料』 細川家史料 12 細川忠利文書五 p.67

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被成下御書、忝奉存候、かみなりの落候所へ今日參候る見申候、一ツ落申候歟と存候へ, 共、間を隔、以上三ツ落申候、何も柱粉みぢんnくたけ申候、なげしも碎申候、下へハ少, もはいり不申、疊之疵も無御座候、我々居間へ落候は、縁かわにて御座候間、横にも可參, 見申候、少の穴上下わきへも無御座候、扠人の一間隔、金の間、是も立籠あ御座候つる、, 座候〓、右之ことく柱・梁不殘碎申候、ちいさき穴も御座候かと色々尋、やねへも人を上, 候、奧は立廻し候て御座候間二〓、今日見付申候、上にもわきにも少々落申候、穴も無御, 五間程の間、すみながしのことくふすもり候て、雲のなりのことくにこけ色之御座候、是, 八三五七月十六日書状案, 兵衞切申候を留申候由、奇特成儀二め御座候、少も不存候つる、可然之樣二可有披露候、, 又何方も損不申候、ふしき成者にて御座候、次相良追腹、東猪右衞門切候由、熊にても九, 恐々謹言, 七月十六日, 寛永十三年七月(八三五), ノ場所ヲ見分, 三齋ヨリ相良, ノ間金ノ間ノ, 本丸ノ居間奥, 者ノ風聞ヲ承, 熊本城ノ落雷, 長毎死去殉死, 三ケ所ニ落ツ, 被害ノ状況, 知ス, 寛永十三年七月(八三五), 六七

頭注

  • ノ場所ヲ見分
  • 三齋ヨリ相良
  • ノ間金ノ間ノ
  • 本丸ノ居間奥
  • 者ノ風聞ヲ承
  • 熊本城ノ落雷
  • 長毎死去殉死
  • 三ケ所ニ落ツ
  • 被害ノ状況
  • 知ス

  • 寛永十三年七月(八三五)

ノンブル

  • 六七

注記 (25)

  • 1347,725,69,2149被成下御書、忝奉存候、かみなりの落候所へ今日參候る見申候、一ツ落申候歟と存候へ
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