『大日本近世史料』 細川家史料 22 細川忠利文書十五 p.218

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中堪忍仕候間、事初候てからはか樣ニなくては不叶と存候事、, 二被仰渡、其後在府之御代衆五六人被刀口出、おそからさる儀と被思食候へ共、取初り御, 中之日數懸中候るきのとくニ存候に居中候處、俄之仕合、諸勢うき立せめ中候故、手負死, 一、彼地〓明候付る、當月一日二日ニ我等父子共國へ罷歸中候、今程緩々と致在國候、猶追に, 約束被成候間、御縁邊之儀被仰出候由、御尤之儀と奉存候事、, 御中付、無殘所候キ、更共、今度俄之儀にて、此きおい口をぬかし候はゝ、又々本丸相堅さ, のび中候わけは、一ツ〳〵子細候ふのび中候、上使衆いかにも丈夫ニ手負無之樣ことの, 一、有馬表之儀先書二具ニ中入候、委細頓ニ可被聞召臼候間、只今不具候、一揆之城せめ甲候事, 一、西國衆御暇こて歸國之由、いつもよりははやき事こて候、, せ候ては、兵粮つめならては成不甲候間、無理ニ乘かゝり候を幸と存、乘こませ申候、此, 一、三之丸・二之丸・本丸三ケ所之丸ニて我等もの共貳千百餘手負死人出來候、おしきものと, もをころし申候て、不便ニ存候事、, 人は多候へ共、上樣御腦二懸候事、九州衆無念かり候へ共、上意堅候上、無足非此, 可▽貴意候、恐惶謹言, 寛永十五年三月(四一三〇〕, 早シ, 賜暇例年ヨリ, モ申渡ス, 乘セシム, 急二乘込ミタ, 西國大名へノ, 俄ノ事ナレド, 城乘リヲ待兼, 勢ヒ二乘ジ城, ル故手負死人, 在府ノ譜代へ, へ直二申渡ス, ネシ故ナリ, 多シ, 二一八

頭注

  • 早シ
  • 賜暇例年ヨリ
  • モ申渡ス
  • 乘セシム
  • 急二乘込ミタ
  • 西國大名へノ
  • 俄ノ事ナレド
  • 城乘リヲ待兼
  • 勢ヒ二乘ジ城
  • ル故手負死人
  • 在府ノ譜代へ
  • へ直二申渡ス
  • ネシ故ナリ
  • 多シ

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  • 二一八

注記 (30)

  • 485,329,27,750中堪忍仕候間、事初候てからはか樣ニなくては不叶と存候事、
  • 982,337,28,1093二被仰渡、其後在府之御代衆五六人被刀口出、おそからさる儀と被思食候へ共、取初り御
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