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丸・三丸をはしめ城米曲輪・鷹部屋曲輪・追手口をしるし、諸家臣屋敷具に其姓名をく, たし、ある所の寺院神社またこれをしるし著色あり、一鋪の圖は、萬治三年洪水城中を, とノ〳〵く圖畫にあらはす、全圖兒ケ淵を東とし、渡場を北とし、本宮旅所を南とす、, 相州足柄下郡小田原御城圖二鋪宮, 浸淫せし時處々破壞の箇所を圖中に朱書してこれをしめし、修復を願しときの圖なり、, 土手并水放、都合七十箇所崩申候、土手崩口間數其所々に朱書註之候、如元脩復仕度奉, り、この圖また片岡直亮文化四丁卯年收寫するもの也、, ゆゑに圖傍にしるして、當月十六日十七日洪水に付、本丸・二之丸・三之丸・外曲輪之, 寛永九年より貞享三年にいたるまて稻葉丹後守か城主たりし時の圖にして、本丸・二, 石磴・奇池・靈泉・怪石・名井・巖窟・斷岸、其餘山裾ある所の傳舍・茶店の屬、人, り、かたはらに、後の加註と見へて松平伊豆守殿大坂え御使被遣候に付、名無之也とあ, 存候、以上、萬治三庚子年七月廿七日稻葉美濃守、宛名酒井雅頭殿・阿部豐後守殿と去, 兀享稱名寸圖一鋪, ノ時破壞ノ箇, 寛永九年ヨリ, 貞享三年ノ間, 萬治三年洪水, 所ヲ朱書シテ, 修復ヲ願ヒシ, 文化四年片岡, 直亮收寫, 時ノ圖, ノ圖, 別紀第七(相摸), 七九
頭注
- ノ時破壞ノ箇
- 寛永九年ヨリ
- 貞享三年ノ間
- 萬治三年洪水
- 所ヲ朱書シテ
- 修復ヲ願ヒシ
- 文化四年片岡
- 直亮收寫
- 時ノ圖
- ノ圖
柱
- 別紀第七(相摸)
ノンブル
- 七九
注記 (25)
- 1318,751,73,2249丸・三丸をはしめ城米曲輪・鷹部屋曲輪・追手口をしるし、諸家臣屋敷具に其姓名をく
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