『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.361

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へ水さし入るゝと記し、またかたはらに山あるを記して、此山高サ五丈七尺、本丸まて, 學者流傳授のために設け圖するものにして、地理の考索に盆なしとす、此圖及ひ次の牧, 溝池の淺深、堤塘の長短、石垣の間數、各幾何といふ事を擧、皆著色あり、西に傍ふて, 牧野島傳之城圖一鋪寫, 流るゝ洪河を築摩川と記し、此川廣サ六十三間、大水の時分は本丸ならひに侍屋敷なと, る由を圖隅に記す、本丸・二丸をはしめ、四方搦手の門々より内外その固めとする所、, 牧野島は更級郡に在、此圖も軍學者の記録なとに附したる圖と見へ、其城所陳柵の布置、, ひ村名をしるし、山川道路みな著色す、木曾の地理に於て頗る詳なりとす、, 海津城傳圖一鋪宮, 五町、また總構より赤坂へ十五町なとしるすにとゝまる、是また標目によるに、全く軍, 野島傳城圖、皆圖隅に五枚之内としるす、然れは其三枚は遺失せし事しるへし、, 東駒嶽をかきり、西飛騨國をかきり、南惠那嶽をかきり、北大白川をかきり、驛名およ, 海津城埴科郡にあり, 天文廿二年癸丑八月曰築作する所にして、山本晴幸, 當今云、, 松代城, 軍學者傳授ノ, 圖隅ニ山本晴, タメノ圖, 幸繩張ノ由ヲ, 木曾ノ地理ニ, 於テ頗ル詳ナ, ナドニ附シタ, 軍學者ノ記録, 記ス, ル圖, 別紀第十二(信濃), 三六一

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  • 當今云、
  • 松代城

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  • 軍學者傳授ノ
  • 圖隅ニ山本晴
  • タメノ圖
  • 幸繩張ノ由ヲ
  • 木曾ノ地理ニ
  • 於テ頗ル詳ナ
  • ナドニ附シタ
  • 軍學者ノ記録
  • 記ス
  • ル圖

  • 別紀第十二(信濃)

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  • 三六一

注記 (28)

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