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御一統の後廢地となれるといふまてを記するにおはる、, 臥龍山駒野城山舊記一卷, 餘州に國分寺を建る、當國は不破郡春曰郷に國分寺を造營す、その時此處に遊歴し、山, 寺財を掠取たる時、當山も兵火に罹り、寺鎭ともに亡たりと、寛永十七庚辰年小笠原十, 駒野村城山の事を記す、此城天文年中高木彦左衞門棺入といふもの築くところ、御當家, 名勝等の圖をあらはせり、次に金森侯松本寛頼か鍾山慈恩寺の十勝を題詠せし七律十章, 形の美なるを見て、一宇の靈場を建ん事を乞ふ、帝速に官吏を下し、伽藍を造る、後醍, 舊蹟を再興して、その法號を名となす、後小笠原氏封を轉して、行基寺と改むと、附録, をのせ、次に濃北風雅と題し諸家の詩そこはくをしるせり、, 醐帝延元二年北畠顯家高師直と江濃の間に戰ふ、結城道忠こと〳〵く西山の寺宇を燒、, 臥龍山石津郡上野河戸村にあり、菩提寺と號す、聖武帝天平年中釋行基勅を蒙り、六十, 佐守貞信總州關宿より濃州高淵え所替の後、貞信の長女卒す、寒窓寺と號し、菩提寺の, 岐山鼎石山〓・小堀純等三子の序あり、卷首久代景明か畫し虞城およひその傍近の寺社, 寫本, 一册, 久代景明ノ畫, キシ虞城及傍, 附録駒野村城, 近ノ寺社名勝, 山ノ事, ノ圖ヲ載ス, 臥龍山菩提寺, 江村綬石山瑛, 濃北風雅, 小堀純序, ノ事, 別紀第十一(美濃), 三〇七
割注
- 寫本
- 一册
頭注
- 久代景明ノ畫
- キシ虞城及傍
- 附録駒野村城
- 近ノ寺社名勝
- 山ノ事
- ノ圖ヲ載ス
- 臥龍山菩提寺
- 江村綬石山瑛
- 濃北風雅
- 小堀純序
- ノ事
柱
- 別紀第十一(美濃)
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- 三〇七
注記 (28)
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