『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.437

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葛飾郡・埼玉郡等の道法、往々是を圖して足立郡の中千住にいたつて終れり、, はし、往々來由を記載す、第一會津郡、若松に起り原に止る、次に安積郡、赤津に起り, をしるす、古河に起り中田に止る、次に武藏國葛飾郡をしるす、栗橋におこり杉戸にと, ゝまる、次に埼玉郡、糟壁に起り草家にとゝまる、次に足立郡、千住にいたつてとゝま, 都宮に起り雀宮に止る、次に都賀郡、石橋におこり野木にとゝまる、次に下總國葛飾郡, 舊跡は雉兎の詞をもて書たれは證とするにたらさる多かるへし、故に古書を引て是を辨, し、また一二の説を擧て參考に備ふといふ、一書の大略、開卷は全路方位の略圖をあら, 宅・橋梁・屋舍、其餘社閣・城郭にいたるまて悉く著色して是を圖せり、大略第一會津, 郡・安積郡等より記しはしめ、下野國那須郡・鹽屋郡・河内郡、下總國葛飾郡、武藏國, る、末に豐島郡、江戸と記し、此地の來由地理の書多し、ゆゑに是を著さゝるよし、そ, 街・社閣・舊蹟等を悉く載たり、圖傍に其名を巨細に記し、道路は朱線を引、山川・田, 三代に止る、次に岩瀬郡、勢至堂におこり白板に止る、次に下野一國那須郡の中をしる, す、蘆野に起り佐久山に止る、次に鹽屋郡、喜連川に起り白澤に止る、次に河内郡、宇, すといへとも、まゝ分辨しかたきものあるは傳寫の誤なるへし、神社佛閣の來由、名所, れより會津より江戸まての道中繪圖と題し、則全書記載する處の順路を圖して郡村・市, マデノ道中繪, 著色圖, 會津ヨリ江戸, 圖, 別紀第十三(陸奧), 四三七

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  • マデノ道中繪
  • 著色圖
  • 會津ヨリ江戸

  • 別紀第十三(陸奧)

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  • 四三七

注記 (21)

  • 294,768,61,1985葛飾郡・埼玉郡等の道法、往々是を圖して足立郡の中千住にいたつて終れり、
  • 1568,763,60,2239はし、往々來由を記載す、第一會津郡、若松に起り原に止る、次に安積郡、赤津に起り
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