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といへり、開卷に若州の略圖、次に凡例およひ引用書目を擧く、, 若狹國志五卷, 名義、風土記逸文に、昔此國有夫婦、共長壽、人不知其年數、容兒, き義にとりて名付しにや、さらは若の字には義なかるへし、允恭御時佐白米命, 喜式遠敷郡若狹比古神社あり、是亦由縁あるへし、たゝ此國編になるを以て狹, 兒荒礪命を國造に定たまふ、凡三郡、遠敷, 美而如少年、後爲神、今一宮神是也、因茲有若狹之名といへり、按、延, 志、乃奉命、窺神窟、探古蹟、引郷吏村長而控之、參諸史百家遂成全編、題曰若狹國志, 建置沿革、若狹の名義、風土記によるに、雄略天皇の朝、此國美女を貢せしを以て若狹, と名付し事、國史に其據なしと云、慶長五年京極高次國主となり、寛永十一年秋七月少, 忠直公命儒臣撰若狹國志、而績用不成、於是延享中正義自東武從我藩公在于國、因命著, 若狹, 稻庭正義撰、正義は若狹酒井氏の藩臣なり、寛延二年夏五月の自序に云、往昔我先君諱, 第一卷, 將空印忠勝當國に封せられ、子孫相續て今に至ると記せり、次に國城, 〓大飯・三方様加, 二册, 寫本, 和加, 乎〓, 下官道・間道・陸, 路・海路を附す, 佐, 不, (酒井), ニ命ジテ撰セ, 寛延二年自序, 稻庭正義撰, 酒井忠直儒臣, 建置沿革, 若狹ノ名義, シム, 編脩地誌備用典籍解題卷之十七, 一二
割注
- 二册
- 寫本
- 和加
- 乎〓
- 下官道・間道・陸
- 路・海路を附す
- 佐
- 不
- (酒井)
頭注
- ニ命ジテ撰セ
- 寛延二年自序
- 稻庭正義撰
- 酒井忠直儒臣
- 建置沿革
- 若狹ノ名義
- シム
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之十七
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- 一二
注記 (34)
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