『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 4 p.69

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とる事あるにいたりては大圖のおよふ處にあらす、, 後守光長公在城と記せり、, といふあり、また大内藏下屋敷の傍侍屋敷六軒、後は關川新川流にして下海道といふ, 々略記し、却て山林川澤の畫圖は詳悉せり、おそらくは傳寫未成の圖なるへし、, 小圖一鋪は文化四年片岡直亮か寫せる處、青白赤黒をもて方位をしるし、城郭・市街, 經界區別、且諸家臣の屋敷およひ神社・佛寺・市街の名をしるせる事頗る詳悉たり、こ, その中央にあたつて城郭の形勢を畫く、諸家臣の姓名およひ神社・佛寺・市街の名は往, と、此城慶長十七年壬子松平上總介忠輝卿新築、松平陸奥守繩張、元和九年癸亥松平越, の圖たゝ城下市街をもて限りとす、かの連山蒼海の遠におよはすといへとも、その證を, 高田城は今榊原式部太輔かたまはる處、この圖大小二鋪、作者・年代をあらはさす、大, 圖一鋪は方位をしるさす、後背連山を畫き、前面蒼海を圖し、市街田畑左右に經界し、, 越後國高田城圖二鋪信, 大圖, 作者年代ヲア, ラハサズ, 小圖文化四年, 片岡直亮寫, 別紀第十四(越後), 六九

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  • 大圖
  • 作者年代ヲア
  • ラハサズ
  • 小圖文化四年
  • 片岡直亮寫

  • 別紀第十四(越後)

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  • 六九

注記 (19)

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