『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.220

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こらなん、仁徳の臣武内のほこらにて侍るへし、木〓の宿禰の父これなり、然るを所の, この説極て是なり、男山八幡宮にある所もこれとおなしかるへし、是本卷末に、右湯澤, 高見か谷といふ所に佐々木舊館の跡あり、里俗この所を足利基氏・氏持の屋敷とおもへ, 々の事を記し、自からあらはす和歌及ひ伴ふ人永悦なるものゝをも載たり、鎌倉の下、, れはもらしぬ、只その總目を左にあけ、遺忘に備ふといふ、文化紀元椿亭しるすとあり、, 叢書にみつ、湯澤歸路の記も有しかと、たゝ詩歌のみ多し、地理捜索の便りともならさ, 人、高良の社を武内といひ、武内のほこらを高良と申はいひたかへてや侍らんといふ、, こらは高良大臣なるへし、高良、應神の臣にて、玉垂のおとゝと號せしなり、下の宮を, 十五年九月伊豆國熱海の温泉に浴す、二日江戸を發して同き廿八曰に歸家せるまての道, 若宮と申、仁徳天皇にてまします、上の宮の石階をおりて、左の梛の木の東の方に侍ほ, るの誤りを辯す、又鶴か岡上の宮と申は應神天皇にて、ますます所のかたはらに侍るほ, 紀行・走湯行記二帖は京極高門朝臣のあらはす所なり、これその三蛙文集より抄録して, 京極高門撰、高門稱兵部、飛騨守高直次子、是記一に浦のしほかひともいふ、高門元祿, 目凡三十七, シ道ノ記, 月熱海ニ浴セ, 同伴者永悦ノ, 抄録, 三蛙文集ヨリ, 元祿十五年九, 寫本奥書, 一名浦のしほ, 文化元年椿亭, 和歌, 京極高門撰, かひ, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四, 二二〇

頭注

  • シ道ノ記
  • 月熱海ニ浴セ
  • 同伴者永悦ノ
  • 抄録
  • 三蛙文集ヨリ
  • 元祿十五年九
  • 寫本奥書
  • 一名浦のしほ
  • 文化元年椿亭
  • 和歌
  • 京極高門撰
  • かひ

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四

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  • 二二〇

注記 (28)

  • 980,717,57,2236こらなん、仁徳の臣武内のほこらにて侍るへし、木〓の宿禰の父これなり、然るを所の
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