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日京に入るにおはる、十六曰の下, たしけめ、鎌倉の大將の朝夕のおものに肴もとめられしとかや、いまたこゝに肴山とて, 山の名をのこせしも、誠に青海のかれて田となれるためしにこそ海の山となれるならめ, んとおもふはかりなる地勢なり、されとも鎌倉のころ入海といふはおほつかなし、肴山, とて海魚にかきるへからす、また佐野の渡、下野にもいつれかいにしへのならん、一に, は、その母を省するとてまかりける時の事を述ふ、岡崎より京師・浪華・大和・河内の, わたりしに、橋のあともみえす、こゝはむかしいりうみなりときけは、さりし舟橋もわ, 撰人をあらはさす、また年號をしるさす、書中に橘千蔭ぬし錢別とて長歌作りてもたら, 案内させけるに、そのあとゝいふところは、定家明神をまつれるうしろのやまより眼下, 定かたしといへり、, に見おろすに、烏川のなかれひろ〳〵として、いかさまにもむかしはうみにてやありな, といふ、松平定常かつて木曾路をすきしとき、舟橋のあとみまほしとてところのものに, しきたらし侍るといふをもてみるに、其人近世のものにや、江戸より三州岡崎まての記, 日記無卷數, 佐野へ渡り近しといへともおもひ, 上野國高崎より松井田ヽ, へいたる間にいふ、, 寫本, 二册, マデノ記, 撰人年號ヲ記, 江戸ヨリ岡崎, 岡崎ヨリ京師, 浪華大和河内, サズ, 肴山, 遊紀第四, 三七五
割注
- 上野國高崎より松井田ヽ
- へいたる間にいふ、
- 寫本
- 二册
頭注
- マデノ記
- 撰人年號ヲ記
- 江戸ヨリ岡崎
- 岡崎ヨリ京師
- 浪華大和河内
- サズ
- 肴山
柱
- 遊紀第四
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- 三七五
注記 (28)
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