『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 1 文政3年1月~嘉永2年6月 p.100

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來傳へ申候間、そのうつし一寸御覽こ入奉り候、御直し希上候、是只, す思ひ奉れ、然れとも風流こハ少しそむき可申哉、稻荷山ならなくこ、狐なとのをき申た, こ記をしたゝめつろハし申候、是ハことこそゝろこハ侍れと、見たまひて笑ひもしたまひ, 此段承知可被下置候、此茶倶は誠こ麁末こ御坐候得共、此間竈元まて歩行仕、取て參り候, るろとも存候はかりこ御坐候、是ハ御他言被下置間敷候、御存之通り小子義は左樣之地ハ, 込中故、あまりセ話敷申ろたく、夫故遲り申候段御斷申上候、いつれハろゝセ可申候間、, 誠こ未曾有成事、耳目を驚ろし申候、何卒當節御出藩被爲在候〓、一度御遊覽あらセたく, 君之御たまものこて難有朝暮すとめつろうまつる事おこたらてなん、尚又北居所望之花入, も被仰下可然よ奉存候、, つしな、先は序なろら御窺申上度、大略なろら如此御坐候、穴賢、, 好み不申候故、先日ゟ漸よ兩度はかり、夫も一寸參り申候迄之事故、つはらろこハ何事も, 間、御一笑こ備へ申候、先近比は追々与よく出來いたし候樣こ御坐候、又々何そ御好こ而, 一尊命こよりそろの白衣觀世音を得奉りしうれしさこ、此度太内之方へ愚哥遣し度、北居へ, 存不申、定而御近村よりも追々出懸可申と推察仕候、, 一新野氏之画も大こ延引恐入候、全躰病身こ御坐候處、當春來切々之引込こて、此節猶以引, 畫延引ス, 白衣觀世音ヲ, 得テ朝暮勤行, 贈ル, 湖東燒茶具ヲ, 群集ノ地ハ好, 新野左馬助ノ, マズ, ス, 弘化二年三月, 一〇〇

頭注

  • 畫延引ス
  • 白衣觀世音ヲ
  • 得テ朝暮勤行
  • 贈ル
  • 湖東燒茶具ヲ
  • 群集ノ地ハ好
  • 新野左馬助ノ
  • マズ

  • 弘化二年三月

ノンブル

  • 一〇〇

注記 (26)

  • 520,669,63,1764來傳へ申候間、そのうつし一寸御覽こ入奉り候、御直し希上候、是只
  • 1692,657,64,2293す思ひ奉れ、然れとも風流こハ少しそむき可申哉、稻荷山ならなくこ、狐なとのをき申た
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