『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 3 嘉永6年1月~安政1年12月 p.118

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道まゐられけるとなん、やう〳〵今三日夕方、是正主もおのれ方にきたりくれ、何かと承り, 聞へまほしき事海山なれと、ことに夜ふんニなり示しかたく、まつ〳〵筆とめ侍りぬ、くれ, よりとは文通の便りは心安く侍れは、其飛脚へ出させ給はゝ、八日限十日限にて慥こいたり, たまへと、何とも時節あしく、ほいなくなん、是によりあす早朝より出立とて、猶くさ〳〵, 侍れは、又をり〳〵御みけしきもきかせて給へかしとねき侍るになん、姉の君へ別にきこへ, 咄し合せいたせしとて承りぬ、さて喜傳二殿もこたひはえつかはさじと、廣二郎殿是正主同, 〳〵大〓中隨分御いとひさせ、御機嫌よう御道中もいのり上侍りぬ、江戸よりは中〳〵江州, ぬ、君にはさそかしまたせ給らんに、かく二人ともまゐらぬはいと〳〵心くるしくもおもひ, こ、, ○知雄主も是正同道、朔日夜こゝにかへられ侍りしとて、二日に千稻淺野氏へまゐり、何かと, まほしき事もさはなれと、是はた何ともえしたゝめ侍らす、又〳〵跡ゟ申すへくなん、かし, 事もいと〳〵かくふひんなるはや、, 枚か舟江酒や喜平次方へ預ケ置侍りしに、其喜平二も廿七歳にてこその九月身まかりぬ、何, ミな月廿九日ゟ書はしめ, 堀内主館, 、廣城、伊勢飯高郡川俣郷宮前瀧野村人), ヲ遣シ難キヲ, 喜傳次永五郎, 謝ス, 嘉永六年七月, 、廣城、伊勢飯高郡川俣郷宮前瀧野村人), 堀内主館, 一一八

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  • ヲ遣シ難キヲ
  • 喜傳次永五郎
  • 謝ス

  • 嘉永六年七月
  • 、廣城、伊勢飯高郡川俣郷宮前瀧野村人)
  • 堀内主館

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  • 一一八

注記 (23)

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