『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 9 安政5年8月~同年9月 p.92

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被成度思召も可有之候得共、其元は惡謀方之手段より出候事こラ、何と成ともして勅命, 隨ひ可申、是非ニ不抱、異國之事は水府之御所置無之あは思召ニ不叶と申事ニ候はゝ致方, 在、就中條約調印之事は主人御不承知之處、強の爲致候次第、定の御聞nも達し可有之、, の後年之幸ひこ可相成樣之御所置ニなし、漸々, を出し、拔指不相成樣之巧可有之も右・徳とも毎々御密會、三條家とは無二之御間る御聞, 込被成候間、貴兄御答こは、其御家柄ニラは御尤至極之御事ニ候得とも、關東之のは, 勅命之通兼の諸大名赤心御尋、行末之見留急度書取を以無之廉々は、猶精々御心配被爲, 〓是も取返し不相成事ヲ内間こて兎角鬪論候ラも無詮事ニ付、御心配之上、調印之事、〓, 殿下こもあれ、太閤殿こもセよ、夫等え御手寄治道を御求可被遊思召とは更々不被存、, 無之間、關東こあを手を束候て其御所置を御覽可被成思召ニあも候半歟、〓其節乙, 御承知相成候間、台命下り候はゝ、殿下ヲ道具ニ遣ひ可取治御手段之思召有之由、尤らし, 天朝へ申上、右ニラ御安心相成候はゝ重疊之事、其上之も官家ニの御良策有之候はゝ夫ス, 至、一印を將軍こしてなと被申候とも、御譜代は勿論、國司方ニラも決ラ御同意は有まし, く被仰候得共、更ニ油斷不相成由、其子細は二條御自分御勝手宜敷義ニ付、正道へ御立歸, 急度御取治可被成、尚又先日來とは事替り、御名之御功積、水老之思召違等之義、委敷, 安政五年八月, 九二

  • 安政五年八月

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  • 九二

注記 (17)

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