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は家綱の生母寶樹院の弟たるに依り、本莊宗資, も亦綱吉の生母桂昌院の, 弟たるに依り、太田資宗, 三百諸侯の稱は略實際に近い數であつた。其の總石高も時代に依つて若干の, 化十年に於いては二百五十五家、慶應元年幕末にあつては二百六十六家を數へ, 相違があつた。試みに之を前記の歳に於いて見るに、慶長十九年には千七百八, 以て、又同じく大名に列したのであつて、此等は何れも新參衆に屬する。, 大名の數は時代に依つて多少の出入は免れないが、慶長十九年大坂の役直前, に於いては百九十二家、享保十七年幕府全盛の時代に於いては二百六十二家、文, 十三萬石餘、享保十七年には千八百四十四萬石餘、文化十年には千七百九十九萬, 乳母春日局の子たるに依つて、何れも大名に列し、其の他柳生宗矩, 石餘、慶應元年には千八百七十六萬石餘に上る。, 功績に依つて大名に列したもので、之を特に〓近衆とも稱する。又増山正利, 大名領の大小廣狹は、凡そ公稱の石高に依つて區別され、五十萬石以上を有す, は家康の侍妾の縁故に依り、稻葉正勝, 十萬石以上は五十家内外、五萬石以上も同じく五十, は劍道を, るは七家, は家光の, 備中, 因幡, 川・紀伊徳川・細川・黒田, 丹後, 但馬, 前田・島津・伊達・尾張徳, 弼, 守, 守, 守, 彈, 守, 少, 正, 大名の領, 總石高, 大名數と, 地, 第二編封建制度の分解, 二六〇
割注
- 備中
- 因幡
- 川・紀伊徳川・細川・黒田
- 丹後
- 但馬
- 前田・島津・伊達・尾張徳
- 弼
- 守
- 彈
- 少
- 正
頭注
- 大名の領
- 總石高
- 大名數と
- 地
柱
- 第二編封建制度の分解
ノンブル
- 二六〇
注記 (39)
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