『維新史』 維新史 1 p.361

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

役が夫役より銀納に改められたのも、此の間のことである。, に貨幣の平價切下を斷行するの止むなきに至つたのである。, は檢見法によつてゐたのを定免法を主とすることに改めて、收納の増加安定を, 圖り、次いで同十年には、從來代官所・預所の諸雜費に充てた口米永を藏納とし、更, 檢見制を復活して、作柄の査察を嚴にし、翌七年、租税徴收方法に改正を加へ、從來, せしめ、新田開發に就いては、享保七年山野發墾、規定を制定して開墾を奬勵し、武, 藏野新田四郡八十二村の開墾、下總手賀沼の開拓、上總東金附近約五萬石の開發, 鑄造と相俟つて、米價は暴落するに至り、武士・百姓何れも困窮しない者はなかつ, に十三年には、租率を四公六民より五公五民に増すに至つた。江戸市街地の公, 殖産興業及び新田開發のことは、最大の財政策として特記に値する。即ち殖, 等を行はしめた。而して耕作地の開發に依り、米産額が頓に増加した爲、良貨の, 産にあつては、諸物産を奬勵し、牛馬の飼育を勸め、養蠶業を盛んにし、染織を發達, た。幕府は種々米價調節策を講じ、米價の公定をさへ行つたが、效果がなくて、遂, 吉宗が武藝の奬勵、風紀の振肅に努めたのも、一に武家政治の頽勢を挽囘しよ, と新田の, 殖産興業, 開發, 第二編封建制度の分解, 三六二

頭注

  • と新田の
  • 殖産興業
  • 開發

  • 第二編封建制度の分解

ノンブル

  • 三六二

注記 (19)

  • 1265,586,60,1685役が夫役より銀納に改められたのも、此の間のことである。
  • 343,590,59,1740に貨幣の平價切下を斷行するの止むなきに至つたのである。
  • 1596,593,65,2257は檢見法によつてゐたのを定免法を主とすることに改めて、收納の増加安定を
  • 1483,586,62,2268圖り、次いで同十年には、從來代官所・預所の諸雜費に充てた口米永を藏納とし、更
  • 1707,584,65,2265檢見制を復活して、作柄の査察を嚴にし、翌七年、租税徴收方法に改正を加へ、從來
  • 922,589,65,2264せしめ、新田開發に就いては、享保七年山野發墾、規定を制定して開墾を奬勵し、武
  • 809,581,65,2273藏野新田四郡八十二村の開墾、下總手賀沼の開拓、上總東金附近約五萬石の開發
  • 574,582,64,2261鑄造と相俟つて、米價は暴落するに至り、武士・百姓何れも困窮しない者はなかつ
  • 1371,587,62,2264に十三年には、租率を四公六民より五公五民に増すに至つた。江戸市街地の公
  • 1151,651,63,2202殖産興業及び新田開發のことは、最大の財政策として特記に値する。即ち殖
  • 691,583,65,2268等を行はしめた。而して耕作地の開發に依り、米産額が頓に増加した爲、良貨の
  • 1040,587,64,2266産にあつては、諸物産を奬勵し、牛馬の飼育を勸め、養蠶業を盛んにし、染織を發達
  • 455,590,65,2267た。幕府は種々米價調節策を講じ、米價の公定をさへ行つたが、效果がなくて、遂
  • 220,656,63,2198吉宗が武藝の奬勵、風紀の振肅に努めたのも、一に武家政治の頽勢を挽囘しよ
  • 1141,343,39,155と新田の
  • 1182,338,44,166殖産興業
  • 1093,338,42,79開發
  • 1829,722,48,576第二編封建制度の分解
  • 1826,2361,42,119三六二

類似アイテム