『維新史』 維新史 2 p.12

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義の式を再興せしめ給うた。, に至り、先に述べた風紀戒筋の令と相俟つて、其の品位は歳を逐うて向上した。, が續出し、幕府が處置對策を錯るに及んでは、年少氣鋭の公家の人心は痛く刺戟, せられて、學習院内の空氣は大いに緊張を呈するに至つた。此の間の事情に就, 爾來米使ペリーの來航を端緒として假條約の締結、戊午の大獄等國家の大事件, 筆に成り、其の形式は内裏承明門の額に傚つたもので、天覽の後、講堂の南面に掲, 物を賜ひ、翌二年五月二十日には近習を御前に召して國書漢籍を輪讀せしめ、後, げたのであつた。次いで翌三年二月四日には始めて丁祭, 後學習院が正式の名稱と定まつた。而して學習院の三字は右大臣近衞忠熙の, 行ひ、嘉永元年十二月工十三日には參議烏丸光政等二十一人の精勵上達の者に, 斯くの如く堂上及び子弟の講學を奬勵せられると共に、一面には褒賞の事を, 辰巳兩日を以て定日と爲し給ふに至つた。斯くて堂上廷臣も講學に勵精する, いては後に重ねて説く所あらんも、要するに國事多端の秋、國事御用掛及び諸藩, の志士・浪士の集會所となつたのは實に學習院であつて、遂に眞木和泉守・久坂玄, を學習院に行ひ、論, 釋, 奠, 第四編開港對策, 一二

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  • 第四編開港對策

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  • 一二

注記 (19)

  • 1377,555,56,806義の式を再興せしめ給うた。
  • 802,562,58,2224に至り、先に述べた風紀戒筋の令と相俟つて、其の品位は歳を逐うて向上した。
  • 571,559,59,2277が續出し、幕府が處置對策を錯るに及んでは、年少氣鋭の公家の人心は痛く刺戟
  • 457,563,57,2273せられて、學習院内の空氣は大いに緊張を呈するに至つた。此の間の事情に就
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  • 1609,552,56,2280筆に成り、其の形式は内裏承明門の額に傚つたもので、天覽の後、講堂の南面に掲
  • 1033,557,57,2280物を賜ひ、翌二年五月二十日には近習を御前に召して國書漢籍を輪讀せしめ、後
  • 1489,558,57,1674げたのであつた。次いで翌三年二月四日には始めて丁祭
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