『維新史』 維新史 2 p.162

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兵の力も與つてゐるのである。, 本として組立たるものに候」(水戸藩史料)と言つてゐるが、郷士以下義民數百人の, して筋骨は逞しく、義勇の念も深かつた。而して遂に外國と戰ふ機會はなかつ, 部署を定めたが如きは、軍制の改革上注目すべきである。, 制を改革して軍制に適應せしめようとし、藩主慶篤に諭して、「武家の制度は武を, た。彼等は平素農耕に從事し、其の暇を以て銃陣操練を試みてゐたので、質朴に, 家格を進め、帶刀を許して之を農兵とし、次いで農兵千五百人を編成して各〻其の, たけれども、安政戊午の前後より水戸藩士の活躍が甚だ熾であつたのは、此の農, 備の任に當つたが、更に磯濱・湊・平磯・河原子・助川・川尻・磯原等に海防農兵を配置し, て起工したのに始まる。蘭學者鱸半兵衞, が主として之を宰領し、他に造船用, 水戸藩の軍艦建造は、安政元年正月、幕命に依つて、江戸石川島の造船所に於い, が改築され、神發流砲術師範福地政次郎が守, 掛を命ぜられた者も多かつた。偶〻米艦が碇泊中であつたので、齊昭は家臣數名, を米使應接掛の從者として艦内に入り其の構造設備を具に視察せしめ、或は又, 安政三年七月、那珂湊の砲臺, 和田の, 〓場, 時, 重, 農兵の設, 置, 軍艦建造, 第四編開港對策, 一六二

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  • 和田の
  • 〓場

頭注

  • 農兵の設
  • 軍艦建造

  • 第四編開港對策

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  • 一六二

注記 (25)

  • 698,582,56,876兵の力も與つてゐるのである。
  • 1603,586,72,2279本として組立たるものに候」(水戸藩史料)と言つてゐるが、郷士以下義民數百人の
  • 914,587,67,2276して筋骨は逞しく、義勇の念も深かつた。而して遂に外國と戰ふ機會はなかつ
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  • 1716,590,72,2283制を改革して軍制に適應せしめようとし、藩主慶篤に諭して、「武家の制度は武を
  • 1029,586,68,2279た。彼等は平素農耕に從事し、其の暇を以て銃陣操練を試みてゐたので、質朴に
  • 1489,586,72,2279家格を進め、帶刀を許して之を農兵とし、次いで農兵千五百人を編成して各〻其の
  • 801,582,66,2288たけれども、安政戊午の前後より水戸藩士の活躍が甚だ熾であつたのは、此の農
  • 1142,587,71,2281備の任に當つたが、更に磯濱・湊・平磯・河原子・助川・川尻・磯原等に海防農兵を配置し
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