『維新史』 維新史 3 p.603

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うと試みたが、未だ充分素志を貫徹しないで一旦歸國した。, は眞木和泉・平野國臣等に頼つて朝旨を得るに努め、遂に八月十六日、, し、農兵組織の議に與つた。尋いで三平は晋太郎と共に、長州藩の攘夷實行の擧, られたが、密かに藩邸を〓出して、江戸に至つた。文久三年二月京都に歸り、尋い, て、勉めて攘夷に意を用ゐてゐたので、敢て此の企圖を妨げなかつた。晋太郎は, 更に眞木和泉・久坂玄瑞・寺島忠三郎に頼り、國事參政より農兵召募の許可を得よ, なつた。三平は文久二年四月寺田屋の變の際、同志と共に京都の藩邸に禁錮せ, を貫徹する事となり、晋太郎は一先づ歸國して、農兵組織の實際に當つた。三平, に參加しようとして馬關に赴いたが、幾ばくも無く京都に歸り、農兵組織の素志, 農民等忠孝之志厚ク有之趣ニ付、農兵ノ組立當今迫切之時勢ニ付、速ニ出來候, で藩吏の搜査を〓れて但馬國城崎温泉に潛伏し、北垣晋太郎・本多素行等と交遊, 但馬國之儀者賊衝ニ當、殊ニ京都ヨリ僅三四十里之地方、屹度兵備可有之候處、, 適〻此の頃薩州藩士美玉三平が但馬國に來り、農兵組織の運動に活躍する事と, 樣有之度候。勿論其功績ニ依リ、屹度可及沙汰候。帶刀之儀者差許候間、此段, 織運動, の農兵組, 美玉三平, 第十一編尊攘運動の展開, 六〇四

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  • 織運動
  • の農兵組
  • 美玉三平

  • 第十一編尊攘運動の展開

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  • 六〇四

注記 (19)

  • 1510,563,61,1704うと試みたが、未だ充分素志を貫徹しないで一旦歸國した。
  • 553,566,62,1977は眞木和泉・平野國臣等に頼つて朝旨を得るに努め、遂に八月十六日、
  • 910,563,70,2303し、農兵組織の議に與つた。尋いで三平は晋太郎と共に、長州藩の攘夷實行の擧
  • 1151,560,66,2299られたが、密かに藩邸を〓出して、江戸に至つた。文久三年二月京都に歸り、尋い
  • 1743,568,68,2292て、勉めて攘夷に意を用ゐてゐたので、敢て此の企圖を妨げなかつた。晋太郎は
  • 1622,564,69,2297更に眞木和泉・久坂玄瑞・寺島忠三郎に頼り、國事參政より農兵召募の許可を得よ
  • 1266,566,68,2294なつた。三平は文久二年四月寺田屋の變の際、同志と共に京都の藩邸に禁錮せ
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