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化僧本多素行, と考へ、二十六日京都を去つて、但馬國に向つた。, 農北垣晋太郎, は、此の地方に於ける傑出した人材であつた, た山岡鐵太郎・清河八郎を訪ひ、幕府より農兵召募の許可を得る事の斡旋を求め, 府直轄地に在る有志も亦、往々志を立てて時事を憂へ、中にも養父郡能座村の豪, し、今となつては孤立無援の天誅組に應援すべきであるとした。かくて國臣は、, 一先づ但馬の國に入り、其の地の事情を視察して、大和義擧應援の素地を作らう, 郡高田村の大庄屋中島太郎兵衞, た。幕府は晋太郎の願に對して正式の許可を與へなかつたが、當時朝旨を奉じ, は京都に上り、農兵組織の實際運動に著手した。初め晋太郎は當時在京してゐ, が、晋太郎と志を同じうした。又養父郡養父市場京都明暗寺の出張所に住む普, も、農兵召募の計畫に參加した。文久三年正月北垣晋太郎, 官所の支配地である。尊攘論の喧しきに及んで、同國内養父・朝來・城崎三郡の幕, 但馬國は京畿北方の要衝に當り、豐岡・出石の二藩のある外は、生野・久美濱二代, 都に留まつて形勢の挽囘を謀り、長州藩士野村和作靖・因州藩士松田正人, は、私かに農兵を募つて、北海の防備に備へようと志した。養父, と議, 小太郎、元, 膳所藩士, 孝, 道, 之, 重, 道, 國, 有志, 但馬國の, 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變, 六〇三
割注
- 小太郎、元
- 膳所藩士
- 孝
- 道
- 之
- 重
- 國
頭注
- 有志
- 但馬國の
柱
- 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變
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- 六〇三
注記 (30)
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