『維新史』 維新史 3 p.619

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

時節の到來を待つた。, したので之を因州藩に送り、後京都に潛伏した。此の外、或る者は捕へられ、或る, 京都に赴いて用意の武器を搬出し、辛苦して但馬國に入つたが、既に義擧は蹉跌, 約半歳の後、元治元年六月馬關に赴き、白石正一郎の宅を訪ひ、後長州藩に於いて, に至つたのは庄屋・年寄等の周旋が宜しきを得なかつた爲であるとて、十五日に, 失つた一黨は、一日の中に無慙にも土崩瓦解したのである。, 者は自刃し、又纔かに虎口を〓して四方に潛伏した者もあつた。かくて中心を, た。此の間偵吏の搜索が嚴重であつた爲、宣嘉は容貌を變へて病者を裝つた。, 一方指揮者を失つた農民の群は、全く統一のない集團となつた。彼等は事茲, 至り勢に任せて打毀を行ひ、近邊諸村の庄屋・土豪・酒造家・商家等を襲撃して、狼藉, に赴き因州藩邸に在つて國事に奔走した。一黨の武器調達に當つた原六郎は、, 四國に渡つた澤宣嘉は、暫く丸龜の近傍に身を匿し、尋いで西條藩領に潛伏し, 臣と共に京都に送られた。北垣晋太郎は鳥取に潛行し、因州藩内に匿れ、後京都, を極めた。騷擾は幾ばくもなく、代官所地役人・出石藩兵等によつて鎭撫せられ, 農民の暴, 澤宣嘉長, 動化, 州に奔る, 第十一編尊攘運動の展開, 六二〇

頭注

  • 農民の暴
  • 澤宣嘉長
  • 動化
  • 州に奔る

  • 第十一編尊攘運動の展開

ノンブル

  • 六二〇

注記 (20)

  • 698,562,57,608時節の到來を待つた。
  • 1402,570,64,2296したので之を因州藩に送り、後京都に潛伏した。此の外、或る者は捕へられ、或る
  • 1516,563,68,2305京都に赴いて用意の武器を搬出し、辛苦して但馬國に入つたが、既に義擧は蹉跌
  • 808,558,65,2309約半歳の後、元治元年六月馬關に赴き、白石正一郎の宅を訪ひ、後長州藩に於いて
  • 453,566,61,2306に至つたのは庄屋・年寄等の周旋が宜しきを得なかつた爲であるとて、十五日に
  • 1169,564,58,1705失つた一黨は、一日の中に無慙にも土崩瓦解したのである。
  • 1287,561,62,2307者は自刃し、又纔かに虎口を〓して四方に潛伏した者もあつた。かくて中心を
  • 925,565,66,2253た。此の間偵吏の搜索が嚴重であつた爲、宣嘉は容貌を變へて病者を裝つた。
  • 574,648,63,2225一方指揮者を失つた農民の群は、全く統一のない集團となつた。彼等は事茲
  • 332,566,62,2314至り勢に任せて打毀を行ひ、近邊諸村の庄屋・土豪・酒造家・商家等を襲撃して、狼藉
  • 1633,565,68,2317に赴き因州藩邸に在つて國事に奔走した。一黨の武器調達に當つた原六郎は、
  • 1042,635,64,2235四國に渡つた澤宣嘉は、暫く丸龜の近傍に身を匿し、尋いで西條藩領に潛伏し
  • 1754,564,70,2302臣と共に京都に送られた。北垣晋太郎は鳥取に潛行し、因州藩内に匿れ、後京都
  • 206,565,63,2307を極めた。騷擾は幾ばくもなく、代官所地役人・出石藩兵等によつて鎭撫せられ
  • 588,302,41,171農民の暴
  • 1066,306,43,167澤宣嘉長
  • 544,305,40,81動化
  • 1021,302,41,169州に奔る
  • 1883,714,48,645第十一編尊攘運動の展開
  • 1878,2376,43,125六二〇

類似アイテム