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に至つて, 姫路に出た。既述の如く天誅組の一擧は、九月二十五日を以て潰滅し、其の風評, は國臣の耳にも入つた。澤宣嘉等は網干港から飾磨港に至り、國臣の知らせを, 晋太郎・六郎は、更に新町の近傍に在る本多素行とも協議し、直ちに晋太郎は澤宣, く、長州藩に對する義理合から爲されたのである。從つて、室積港, 港に至つた。平野國臣・藤四郎の二人は大和の情報を得る爲、此所から上陸して, を擧げる事は無謀であるから、之を中止するやうにとの意見を齎したのである。, 追及する事を斷念し、三田尻に引返した。, 福・四條隆語の二卿及び眞木和泉・土方楠左衞門等數十人は船を艤して其の跡を, 追つた。併し此の事は、如何にも其の行を止めようとして行はれたものではな, 嘉等に事情を報告した。かくて飾磨港に於いて、一同は今後の進退を議した。, 三田尻を發した澤宣嘉等は、途上風雨に遭ひ難航を續け、十月八日播磨國網干, 聞いた。適途上から一行に先行してゐた北垣晋太郎は、十月七日に播磨國新町, 京都に在る同志の代表となつて來り、大和の義擧が潰滅したので、今但馬國に兵, と會した。六郎は, に於いて、京都より馳せ參じた同志の原六郎, 神崎郡, 福崎町, 但馬國朝來郡の, 人、進藤俊三郎, 周防國, 熊毛郡, の議, 擧兵中止, 第十一編尊攘運動の展開, 六一〇
割注
- 神崎郡
- 福崎町
- 但馬國朝來郡の
- 人、進藤俊三郎
- 周防國
- 熊毛郡
頭注
- の議
- 擧兵中止
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- 第十一編尊攘運動の展開
ノンブル
- 六一〇
注記 (26)
- 1496,2627,53,243に至つて
- 1018,564,76,2308姫路に出た。既述の如く天誅組の一擧は、九月二十五日を以て潰滅し、其の風評
- 902,567,72,2302は國臣の耳にも入つた。澤宣嘉等は網干港から飾磨港に至り、國臣の知らせを
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- 1497,568,65,1897く、長州藩に對する義理合から爲されたのである。從つて、室積港
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- 419,556,74,2313を擧げる事は無謀であるから、之を中止するやうにとの意見を齎したのである。
- 1385,568,60,1159追及する事を斷念し、三田尻に引返した。
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- 173,556,77,2250嘉等に事情を報告した。かくて飾磨港に於いて、一同は今後の進退を議した。
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