『維新史』 維新史 3 p.609

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に至つて, 姫路に出た。既述の如く天誅組の一擧は、九月二十五日を以て潰滅し、其の風評, は國臣の耳にも入つた。澤宣嘉等は網干港から飾磨港に至り、國臣の知らせを, 晋太郎・六郎は、更に新町の近傍に在る本多素行とも協議し、直ちに晋太郎は澤宣, く、長州藩に對する義理合から爲されたのである。從つて、室積港, 港に至つた。平野國臣・藤四郎の二人は大和の情報を得る爲、此所から上陸して, を擧げる事は無謀であるから、之を中止するやうにとの意見を齎したのである。, 追及する事を斷念し、三田尻に引返した。, 福・四條隆語の二卿及び眞木和泉・土方楠左衞門等數十人は船を艤して其の跡を, 追つた。併し此の事は、如何にも其の行を止めようとして行はれたものではな, 嘉等に事情を報告した。かくて飾磨港に於いて、一同は今後の進退を議した。, 三田尻を發した澤宣嘉等は、途上風雨に遭ひ難航を續け、十月八日播磨國網干, 聞いた。適途上から一行に先行してゐた北垣晋太郎は、十月七日に播磨國新町, 京都に在る同志の代表となつて來り、大和の義擧が潰滅したので、今但馬國に兵, と會した。六郎は, に於いて、京都より馳せ參じた同志の原六郎, 神崎郡, 福崎町, 但馬國朝來郡の, 人、進藤俊三郎, 周防國, 熊毛郡, の議, 擧兵中止, 第十一編尊攘運動の展開, 六一〇

割注

  • 神崎郡
  • 福崎町
  • 但馬國朝來郡の
  • 人、進藤俊三郎
  • 周防國
  • 熊毛郡

頭注

  • の議
  • 擧兵中止

  • 第十一編尊攘運動の展開

ノンブル

  • 六一〇

注記 (26)

  • 1496,2627,53,243に至つて
  • 1018,564,76,2308姫路に出た。既述の如く天誅組の一擧は、九月二十五日を以て潰滅し、其の風評
  • 902,567,72,2302は國臣の耳にも入つた。澤宣嘉等は網干港から飾磨港に至り、國臣の知らせを
  • 295,552,77,2301晋太郎・六郎は、更に新町の近傍に在る本多素行とも協議し、直ちに晋太郎は澤宣
  • 1497,568,65,1897く、長州藩に對する義理合から爲されたのである。從つて、室積港
  • 1137,565,71,2301港に至つた。平野國臣・藤四郎の二人は大和の情報を得る爲、此所から上陸して
  • 419,556,74,2313を擧げる事は無謀であるから、之を中止するやうにとの意見を齎したのである。
  • 1385,568,60,1159追及する事を斷念し、三田尻に引返した。
  • 1735,573,73,2302福・四條隆語の二卿及び眞木和泉・土方楠左衞門等數十人は船を艤して其の跡を
  • 1615,571,66,2305追つた。併し此の事は、如何にも其の行を止めようとして行はれたものではな
  • 173,556,77,2250嘉等に事情を報告した。かくて飾磨港に於いて、一同は今後の進退を議した。
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  • 1856,2385,46,127六一〇

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