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ず、洋式砲臺を設置して巨砲を備へ、武裝艦船を配して之を守備させたのであつ, 同五年に齊正は長崎に赴いて、四月十二日に砲臺の工事を巡視したが、時しも大, 蘭學の習得を奬勵したので、其の新知識は他藩の追從を許さないものがあつた。, 特に長崎の防備に至つては、從來の如き石火矢關船にのみ委せて置くを許さ, した。砲臺は神ノ島に五基、砲が二十八門、伊王島に四基、砲が二十六門であつた。, 小彈藥倉庫を始め、器械庫・陣屋・番所等の建築中であつたので、工作の響は兩島の, た。佐賀藩は曩に幕府に長崎砲臺の増築を申請したが、幕府は財政逼迫の故で, 之を許可しなかつた。そこで筑前藩と協力し、私費を投じて増築を實現しよう, 遠近に起つて、其の盛觀は市民を驚かしたと言ふ。次いで齊正は相談役中野神, 右衞門・附役本島藤太夫以下の役員を任命して、増築方掛役と爲したが、兩臺場の, 増築は同六年三月に至つて漸く竣工した。又佐賀に於いて鑄造された大砲は、, 番非番共御番方一手之手配に取結候樣可仕被存候」と願出で、やがて工事に著手, と計畫し、嘉永三年二月幕府に上申して、「私手前に於て臺場取立、人數船等手當、當, 長崎に運搬せられて、漸次砲臺に取付けられ、守備の員數を定めて目附御番方附, 砲臺の築, 齊正の巡, 造, 視, 第四編開港對策, 一六四
頭注
- 砲臺の築
- 齊正の巡
- 造
- 視
柱
- 第四編開港對策
ノンブル
- 一六四
注記 (20)
- 1497,583,68,2283ず、洋式砲臺を設置して巨砲を備へ、武裝艦船を配して之を守備させたのであつ
- 810,581,64,2288同五年に齊正は長崎に赴いて、四月十二日に砲臺の工事を巡視したが、時しも大
- 1728,585,71,2305蘭學の習得を奬勵したので、其の新知識は他藩の追從を許さないものがあつた。
- 1609,658,72,2212特に長崎の防備に至つては、從來の如き石火矢關船にのみ委せて置くを許さ
- 925,588,63,2296した。砲臺は神ノ島に五基、砲が二十八門、伊王島に四基、砲が二十六門であつた。
- 695,581,63,2283小彈藥倉庫を始め、器械庫・陣屋・番所等の建築中であつたので、工作の響は兩島の
- 1382,588,67,2280た。佐賀藩は曩に幕府に長崎砲臺の増築を申請したが、幕府は財政逼迫の故で
- 1267,589,66,2279之を許可しなかつた。そこで筑前藩と協力し、私費を投じて増築を實現しよう
- 579,576,67,2293遠近に起つて、其の盛觀は市民を驚かしたと言ふ。次いで齊正は相談役中野神
- 465,580,66,2280右衞門・附役本島藤太夫以下の役員を任命して、増築方掛役と爲したが、兩臺場の
- 350,579,67,2298増築は同六年三月に至つて漸く竣工した。又佐賀に於いて鑄造された大砲は、
- 1039,584,65,2288番非番共御番方一手之手配に取結候樣可仕被存候」と願出で、やがて工事に著手
- 1152,587,67,2288と計畫し、嘉永三年二月幕府に上申して、「私手前に於て臺場取立、人數船等手當、當
- 235,583,64,2282長崎に運搬せられて、漸次砲臺に取付けられ、守備の員數を定めて目附御番方附
- 1265,331,43,165砲臺の築
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