『維新史』 維新史 2 p.136

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の設計を示せば、水中を埋立て六稜形と爲し、滿潮時水面上までの深さが一丈一, と見え、又世上行はれた落首にも人夫の勞役を諷して「つくかねの六つよりいて, り、口徑七寸三分四厘が十門、口徑四寸九分六厘が二門、口徑三寸九分五厘が十二, 平典則等に第一・第二・第三の臺場を引渡して、警備に著かしめた。試に第一臺場, 六の臺場も相次いで竣工してゐたのである。然るに第四臺場は工事半ばにし, 以上の有司に縱覽を許し、次いで會津藩主松平容保・忍藩主松平忠國・川越藩主松, 尺五寸、坪數は二萬六千二百四十七坪であつて、之に費した人足の費用は一萬二, 藤・鳥居・本多・森川・酒井の若年寄等は共に品川砲臺を巡視したが、當時既に第五・第, 門、口徑四寸九分九厘が四門であつた。十月二十七日阿部・久世の二老中及び内, てお臺場の土ひやうかさねて島となりぬる」とある。幕府は七月二十一日布衣, て中止したが、之は幕府が財政逼迫の折柄巨費を必要とするが爲、遂に築造を遂, 千四百餘兩であつたといふ。其の備砲二十八門は、江川太郎左衞門の製作に係, 行し得なかつたのである。斯の如く幕府が鋭意經營した品川臺場も、其の後〓, に實用に供する機會が無く、徒らに品川海面に其の形骸を晒してゐるに過ぎな, 第一臺場, 工事の中, の設計備, 砲, 止, 第四編開港對策, 一三六

頭注

  • 第一臺場
  • 工事の中
  • の設計備

  • 第四編開港對策

ノンブル

  • 一三六

注記 (21)

  • 1249,578,77,2272の設計を示せば、水中を埋立て六稜形と爲し、滿潮時水面上までの深さが一丈一
  • 1717,577,75,2288と見え、又世上行はれた落首にも人夫の勞役を諷して「つくかねの六つよりいて
  • 898,570,75,2286り、口徑七寸三分四厘が十門、口徑四寸九分六厘が二門、口徑三寸九分五厘が十二
  • 1362,573,78,2294平典則等に第一・第二・第三の臺場を引渡して、警備に著かしめた。試に第一臺場
  • 554,567,74,2288六の臺場も相次いで竣工してゐたのである。然るに第四臺場は工事半ばにし
  • 1475,571,80,2293以上の有司に縱覽を許し、次いで會津藩主松平容保・忍藩主松平忠國・川越藩主松
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  • 1017,574,78,2288千四百餘兩であつたといふ。其の備砲二十八門は、江川太郎左衞門の製作に係
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