『維新史』 維新史 2 p.170

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したことである。, 内の郷校に令して、其の校則を統一せしめたが、茲に述ぶべきは西洋學所を創設, 入學した士人の多くは、皆兵學に志し、砲術砲臺の築造或は兵器の製造等に關す, じ、氏家彦十郎・同音熊・山本宇平太・井上彌平次・馬屋原右衞門・郡司覺之進等に用掛, は風説書類を飜譯せしめたが、安政二年九月朔日好生館に西洋學用掛を置き、美, して、有志の輩の入學を許可し、蘭學を修めしめたのであつた。當時西洋學所に, を命ぜられ、同所師範役長に就任した。同五年十一月には蕃書調所の出仕であ, 慶親は曩に好生館を設けて西洋醫學の研究を行はしめ、旁ら兵制・武器の書或, る研究が、最も盛であつたので、西洋學所は宛も兵學校の如き觀を呈したと言ふ。, つた東條英庵が、偶〻歸藩したので、慶親は松島・田原の兩人に命じ、東條と相計つて、, 師範役松島は、後長崎に赴いて更に蘭學を修得したが、安政四年七月に至り歸藩, を命じた。次いで明倫館内に西洋學所を設置し、好生館の西洋學用掛を之に移, 能隆庵・田原玄周・松島瑞盆等を師範役に任じ、田上宇平太・青木研藏を師範掛に任, 西洋學所の改革を議せしめ、校則を定めて藩士の就學を奬勵せしめた。, 好生館, 西洋學所, 第四編開港對策, 一七〇

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  • 好生館
  • 西洋學所

  • 第四編開港對策

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  • 一七〇

注記 (18)

  • 1624,568,52,464したことである。
  • 1724,564,65,2281内の郷校に令して、其の校則を統一せしめたが、茲に述ぶべきは西洋學所を創設
  • 807,557,63,2287入學した士人の多くは、皆兵學に志し、砲術砲臺の築造或は兵器の製造等に關す
  • 1151,563,64,2280じ、氏家彦十郎・同音熊・山本宇平太・井上彌平次・馬屋原右衞門・郡司覺之進等に用掛
  • 1380,568,65,2281は風説書類を飜譯せしめたが、安政二年九月朔日好生館に西洋學用掛を置き、美
  • 924,559,62,2279して、有志の輩の入學を許可し、蘭學を修めしめたのであつた。當時西洋學所に
  • 465,560,62,2278を命ぜられ、同所師範役長に就任した。同五年十一月には蕃書調所の出仕であ
  • 1496,628,65,2218慶親は曩に好生館を設けて西洋醫學の研究を行はしめ、旁ら兵制・武器の書或
  • 694,561,61,2297る研究が、最も盛であつたので、西洋學所は宛も兵學校の如き觀を呈したと言ふ。
  • 351,563,62,2289つた東條英庵が、偶〻歸藩したので、慶親は松島・田原の兩人に命じ、東條と相計つて、
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  • 1037,563,63,2281を命じた。次いで明倫館内に西洋學所を設置し、好生館の西洋學用掛を之に移
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