『維新史』 維新史 4 p.336

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状態であつた。かくて斯學は識者の頗る尊重する所であつたが爲に、其の半面, 出來なかつたので、醫官の中にも洋方に志す者が絶えず、況んや民間に在つては、, 此の頃幕府の醫官として勢力のあつた漢方醫多紀元堅, 夷狄の道なりとして、極力之を排斥し、遂に幕府を動かして、嘉永二年三月に至り、, に於いては頑冥な爲政者或は漢方醫から少からざる嫉視迫害を受けた。特に, 統の力は容易に拔くこと能はず、有能な洋學者は猶多く醫家の門から輩出する, であつた。嘉永・安政以降、其の地位を軍事上の諸學に讓るに至つたとは言へ、傳, 許可を要することと爲した。併し外科・眼科に於いては、洋方を禁止することが, 向後幕府醫官の洋方兼修を禁じ、又醫書の出版は凡て多紀氏司る所の醫學館の, 西洋醫學は、鎖國時代に於いては、洋學諸科の中心に位して最も進歩せる部門, 年洋醫大槻俊齋が時局に鑑み、洋書に就いて銃創治療の要領を飜譯し、「銃創瑣言, 識見ある者の斯學を研究すること日に月に多きを加へたのである。會安政元, は最も之を尊重し、これ實に目下の急務, を著すや、時の海防掛江川太郎左衞門, なりとして、閣老に説いて、醫學館の手を經ずして之を刊行せしめた。茲に於い, は、西洋醫學を以て, 樂眞, 龍, 院, 英, の興隆, 西洋醫學, 第十四編外交の轉機, 三三六

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  • 樂眞

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  • の興隆
  • 西洋醫學

  • 第十四編外交の轉機

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  • 三三六

注記 (24)

  • 1399,578,57,2294状態であつた。かくて斯學は識者の頗る尊重する所であつたが爲に、其の半面
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  • 1168,582,56,1607此の頃幕府の醫官として勢力のあつた漢方醫多紀元堅
  • 1048,582,58,2304夷狄の道なりとして、極力之を排斥し、遂に幕府を動かして、嘉永二年三月に至り、
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