『維新史』 維新史 2 p.174

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れた。斯く時勢が一變し、巨砲の利・大艦の便が、漸く人の理解を促し、識者の心が, きに達してゐるのである。, を行はしめ、尾州藩も亦海軍の演習・西洋砲術の研究を行つてゐる。其の他宇和, 島・藝州・阿州・熊本・鯖江・佐倉・宇都宮・南部等の諸藩に於いても洋式砲術が採用せら, 洋式兵學に傾くに至つては、啻に四五の雄藩に止まらず、天下の諸藩は多少の差, 内譯一貫目玉筒以上五百五十門、百目玉筒以上五百七門、十匁玉筒以上三百五挺, 八匁玉筒以上十二挺で、屆出た諸家は殆んど全國に亙つて實に二百有餘藩の多, こそあれ、武備の充實に狂奔したのであつて、嘉永六年六月から安政元年六月に, 至る一箇年間、諸藩より幕府に屆出た銃砲鑄造の總數は、千三百七十四門で、其の, 其の他諸, 尾州藩, 藩, 第四編開港對策, 一七四

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  • 其の他諸
  • 尾州藩

  • 第四編開港對策

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  • 一七四

注記 (14)

  • 1487,585,61,2273れた。斯く時勢が一變し、巨砲の利・大艦の便が、漸く人の理解を促し、識者の心が
  • 807,584,51,737きに達してゐるのである。
  • 1715,583,63,2277を行はしめ、尾州藩も亦海軍の演習・西洋砲術の研究を行つてゐる。其の他宇和
  • 1601,583,61,2279島・藝州・阿州・熊本・鯖江・佐倉・宇都宮・南部等の諸藩に於いても洋式砲術が採用せら
  • 1371,579,60,2282洋式兵學に傾くに至つては、啻に四五の雄藩に止まらず、天下の諸藩は多少の差
  • 1029,581,59,2292内譯一貫目玉筒以上五百五十門、百目玉筒以上五百七門、十匁玉筒以上三百五挺
  • 914,582,60,2278八匁玉筒以上十二挺で、屆出た諸家は殆んど全國に亙つて實に二百有餘藩の多
  • 1259,582,58,2277こそあれ、武備の充實に狂奔したのであつて、嘉永六年六月から安政元年六月に
  • 1142,586,61,2269至る一箇年間、諸藩より幕府に屆出た銃砲鑄造の總數は、千三百七十四門で、其の
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