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く松島剛藏, 二月二十七日歸藩して武市瑞山, ね、更に宜藏を九州に派して形勢を探らしめ、其の歸來するを俟つて、二十四日相, 之に從つて上坂した。其の後二十一日には先に述べた小河一敏・平野國臣が、翌, 亦介と會見して京坂の情勢を告げたので、亦介は同藩士村田次郎三郎と謀り、藩, 二十二日には西郷吉之助が上坂せんとして相踵いで下關を過ぎ、長州藩士山田, に之を説いたが、瑞山の意圖する所は、藩主, 郎・楢崎彌八郎・久保清太郎・中谷正亮等數十名に兵庫出衞を命じた。幾ばくもな, を奉じて大義を決行する一藩の勤王にあつたから、其の勸告に從はなかつた。, 廳の許を受けることなく、二十四日相携へて上國に向つた。, 仍つて寅太郎は三月六日宮地宜藏と倶に藩を〓し、先づ下關に赴いて謀議を重, 土州藩に於いては、先に吉村寅太郎が九州を遊歴して、平野國臣と義擧を約し、, 浦靱負に兵庫出張を命じ、又文武修業の名を以て、玄瑞及び佐世八十郎・岡部富太, 携へて海路大坂に向つた。又坂本龍馬は先に瑞山の命に依つて長州に赴き、中, 國路を經て大坂に出で、更に入京して輦下の情勢を探り、三月朔日歸藩して、瑞山, も急行して大坂に赴いたので、井上彌八郎・原道太・荒卷羊三郎等も, 半平太, 小楯, 誠, 久, 郎の上坂, 吉村寅太, 第九編雄藩の國事斡旋, 七八
割注
- 半平太
- 小楯
- 誠
- 久
頭注
- 郎の上坂
- 吉村寅太
柱
- 第九編雄藩の國事斡旋
ノンブル
- 七八
注記 (24)
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- 815,570,61,926二月二十七日歸藩して武市瑞山
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