『維新史』 維新史 3 p.82

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專ら輦下の浪士鎭撫に任ずることとなつたのである。, 爲さんとしてゐた浪士は、何れも其の倚る所を失ふに至つたのである。而も此, し、慶永及び老中久世廣周の兩人をして上洛せしむべきである。若し幕府にし, 見を御採用あらせられざるやうに願ひたいと云ふにあつた。兩議奏は直ちに, 歸つて顛末を久光に告げ、併せて浪士鎭撫に關する左の勅諚をも傳へた。, つ今後は叡慮の趣を浪人に洩らさざるやう取締を嚴重にし、又妄りに浪人の意, て之を遵奉せざる時は、内勅を二三の大名に下して、違勅の罪を問はしむべく、且, 元、不容易儀於發起者、實ニ被惱宸襟候事ニ候間、和泉當地滯在、鎭靜有之候樣、思, 趣意書を携へて參内執奏した。叡感殊に深くあらせられ、兩卿は黄昏近衞邸に, 斯くて久光は一旦伏見に退いた後、翌十七日再び入京して錦小路の藩邸に移り, しめ、田安慶頼の將軍後見職を免じて、慶喜を以て之に代へ、更に慶永を大老に補, 是に於いて久光の東上に多大の望を囑し、薩州藩の力に頼つて囘天の事業を, 浪士共蜂起不穩企有之候處、島津和泉取押候旨、先以叡感思食候。別而於御膝, 食候事。, (島津久光公實紀), 民候事。(島津久光公實紀), の勅諚, 浪士鎭撫, 第九編雄藩の國事幹旋, 八二

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  • の勅諚
  • 浪士鎭撫

  • 第九編雄藩の國事幹旋

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  • 八二

注記 (20)

  • 440,558,60,1567專ら輦下の浪士鎭撫に任ずることとなつたのである。
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