『維新史』 維新史 3 p.93

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これ正に所司代の威望地に墜ち、幕權の衰微を白日の下に暴露せるものに外な, て公武合體の議を進め、遂に勅使大原重徳を警衞して江戸に下り、愈〻公武間に周, 街道警衞の諸藩は何れも倉皇として爲す所を知らず、忠義も亦狼狽して役邸を, 畫を告げ、藩士の之に與せる者を捕縛せんことを求めたが、同藩の留守居宍戸左, しきを加ふるに至つた。而して浪士鎭撫に成功した久光は、〓〓の下に留まつ, 出で、二條城に入つて戰備を整へたが、遂に其の職責を盡す遑あらずして、一に之, の對策をも講じなかつた。而して騷擾の起るや、伏見奉行及び八幡・山崎・伏見諸, らない。又此の時、薩州藩は堀次郎等を京都の長州藩邸に派して浪士暴發の計, 鎭撫の功を嘉し給ひ、四月二十五日議奏野宮定功を近衞邸に派して、忠房をして, 馬介は之を拒み、爾後薩州藩は長州藩に對して含む所あり、二藩の軋轢は漸く甚, 勅書を久光に傳宣せしめ給ひ、後更に左文字の短刀一口を下賜あらせられた。, は京坂に幾多の志士が屯集せることにより、事件の一端を察知し得たものの如, く、四月十日書を武家傳奏に致して此の旨を報じてゐるが、實際にあつては何等, を久光の手に委ねるといふ有樣であつた。朝廷に於かせられては、久光の浪士, 久光の賞, 賜, 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變, 九三

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  • 久光の賞

  • 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變

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  • 九三

注記 (18)

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  • 323,568,67,2301て公武合體の議を進め、遂に勅使大原重徳を警衞して江戸に下り、愈〻公武間に周
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  • 1397,560,70,2315出で、二條城に入つて戰備を整へたが、遂に其の職責を盡す遑あらずして、一に之
  • 1637,567,68,2307の對策をも講じなかつた。而して騷擾の起るや、伏見奉行及び八幡・山崎・伏見諸
  • 801,567,64,2303らない。又此の時、薩州藩は堀次郎等を京都の長州藩邸に派して浪士暴發の計
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