『維新史』 維新史 3 p.130

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たのであつた。, 猶江戸に止まつて、二藩の間に奔走し、豫め定廣東下の素地を作すことに努めた, が、二藩の妥協は容易に望むべくもなかつた。會定廣が齎せる勅諚中には、「近ク, 知した久光以下薩州藩士の不滿は自然啻ならざるものがあり、長州藩に對する, て、斬殺せられた者に對してさへも、大赦の恩命が下らんとしたので、此の事を聞, 屡〻酒樓に招いて歡飮し、融和親密を圖らうとしたけれども、固より意氣投合する, 硬に伏見一擧云々の字句を削除せんことを主張した爲に、周旋は徒勞に終つた。, ハ伏見一擧等ニテ致死失候者共」の十六字あり、寺田屋に於いて久光の命に抗し, の宿所たる傳奏屋敷と薩州藩邸との間を往來して周旋に努めたが、薩州藩は強, 迄には至らなかつた。幾ばくもなく政之助は去つて京都に赴いたが、又兵衞は, 反感が盆〻〓まると共に、久光は人を京都に派して、此の字句の削除を朝廷に歎願, 重徳は薩長二藩の間に介在して頗る苦境に陷つたが、二藩の軋轢をして激化サ, せしめ、江戸に於いては勅使大原重徳に勅諚の改〓を迫るの運動を起すに至つ, 斯かる折しも、桂小五郎は定廣に先だつて八月十六日江戸に著し、直ちに勅使, 難者の宥, 寺田屋殉, 免と薩藩, の不滿, 第十編朝權の確立, 一三〇

頭注

  • 難者の宥
  • 寺田屋殉
  • 免と薩藩
  • の不滿

  • 第十編朝權の確立

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  • 一三〇

注記 (20)

  • 669,575,54,400たのであつた。
  • 1505,571,60,2299猶江戸に止まつて、二藩の間に奔走し、豫め定廣東下の素地を作すことに努めた
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