『維新史』 維新史 5 p.246

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然雌雄を決せんとする主戰論が、漸く藩論を左右するに至つたのである。さ, れば容保は歸藩以後只管恭順の態度をとり、屡〻上書して罪を朝廷に謝し奉ら, 主松平慶永は、此の二通の文書に接するや、容保に恭順の意ありとするも、其の, 家臣には尚自責の念を認め難く、之を朝廷に上らば、或は却つて物議を釀すべ, 藩をして斯かる悲境に陷らしめたものは畢竟薩長二藩なりと猜して、之と斷, んとしたのであるが、征討の軍が發せられるに及び、陰に戰備を整へて官軍〓, きことを〓れて、密かに副總裁岩倉具視に内示するに止めたと云ふ。, 謝罪の誠を現したものとは認め難き點が多かつた。されば在京の前福井藩, 旦其の進退を誤つたとは雖も、忽ち朝敵の汚名を蒙るに至つたことは、會津藩, 上下にとつて痛恨の念に堪へざるものがあつたであらう。是に於いて會津, 撃の用意を整へるに至つた。即ち會津藩は大いに軍制を改革し、藩士の年齡, 雪がずんば死すとも已まずとの意を陳べたのであるが、文辭激越にして、未だ, 思へば容保以下一藩の力を盡して永く國事に鞅掌したにも拘らず、假令一, を蒙るに至つたことは、全く冤罪なる旨を辯疏して、臣子の至情として君冤を, 戰備, 會津藩の, 第三章東北の戰爭第一節東北諸藩の態度, 二四七

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  • 戰備
  • 會津藩の

  • 第三章東北の戰爭第一節東北諸藩の態度

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  • 二四七

注記 (18)

  • 698,534,63,2323然雌雄を決せんとする主戰論が、漸く藩論を左右するに至つたのである。さ
  • 586,539,62,2323れば容保は歸藩以後只管恭順の態度をとり、屡〻上書して罪を朝廷に謝し奉ら
  • 1500,534,69,2317主松平慶永は、此の二通の文書に接するや、容保に恭順の意ありとするも、其の
  • 1386,531,68,2313家臣には尚自責の念を認め難く、之を朝廷に上らば、或は却つて物議を釀すべ
  • 814,533,63,2327藩をして斯かる悲境に陷らしめたものは畢竟薩長二藩なりと猜して、之と斷
  • 471,541,64,2324んとしたのであるが、征討の軍が發せられるに及び、陰に戰備を整へて官軍〓
  • 1273,535,65,2067きことを〓れて、密かに副總裁岩倉具視に内示するに止めたと云ふ。
  • 1615,530,66,2322謝罪の誠を現したものとは認め難き點が多かつた。されば在京の前福井藩
  • 1041,534,66,2323旦其の進退を誤つたとは雖も、忽ち朝敵の汚名を蒙るに至つたことは、會津藩
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  • 246,679,49,1108第三章東北の戰爭第一節東北諸藩の態度
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