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は官軍を從へて入城し、茲に會津藩は全く鎭定せられるに至つたのである。, 云はざるを得ないのである。, 孤城に據つて官軍の大兵に當り、刀折れ矢盡きて始めて官軍の軍門に降つた。, つて、容保父子に代り、己等の嚴刑に處せられんことを請うたのである。, 其の順逆を誤り、時勢を達觀するの明に缺けてゐたことは、誠に千載の恨事と, 思へば東北諸藩が相次いで歸順したにも拘らず、獨り會津藩のみは〓爾たる, 亙る東北地方の擾亂は全く鎭定せられるに至つた。乃ち朝廷は此等諸藩の, 藩主及び重臣を或は東京に護送し、或は藩地に於いて謹愼せしめ、又其の城地, は米澤藩兵に護送せられて猪苗代に赴き、傷病者は青木村に移され、やがて城, 州二藩兵に護送せられて瀧澤村の妙國寺に入つた。翌二十三日城内の藩兵, 開城の儀式が終るや、容保父子は再び城内に入り、藩兵に訣別した後、薩州・土, 會津藩が降伏せる後、幾許もなく盛岡・庄内等諸藩も相次いで歸順し、半歳に, 外の藩兵も亦鹽川に於いて謹愼を命ぜられた。尋いで二十四日、中村半次郎, を沒收して、徐にこれが處分を決定せんとせられたのである。是に於いて東, 官軍の凱, 旋, 第十九編戊辰の役, 二九八
頭注
- 官軍の凱
- 旋
柱
- 第十九編戊辰の役
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- 二九八
注記 (18)
- 1152,529,64,2275は官軍を從へて入城し、茲に會津藩は全く鎭定せられるに至つたのである。
- 705,530,56,846云はざるを得ないのである。
- 926,526,61,2341孤城に據つて官軍の大兵に當り、刀折れ矢盡きて始めて官軍の軍門に降つた。
- 1736,535,61,2126つて、容保父子に代り、己等の嚴刑に處せられんことを請うたのである。
- 812,525,60,2325其の順逆を誤り、時勢を達觀するの明に缺けてゐたことは、誠に千載の恨事と
- 1036,530,65,2317思へば東北諸藩が相次いで歸順したにも拘らず、獨り會津藩のみは〓爾たる
- 473,532,62,2311亙る東北地方の擾亂は全く鎭定せられるに至つた。乃ち朝廷は此等諸藩の
- 356,529,61,2314藩主及び重臣を或は東京に護送し、或は藩地に於いて謹愼せしめ、又其の城地
- 1376,533,65,2317は米澤藩兵に護送せられて猪苗代に赴き、傷病者は青木村に移され、やがて城
- 1490,533,67,2320州二藩兵に護送せられて瀧澤村の妙國寺に入つた。翌二十三日城内の藩兵
- 1610,602,69,2250開城の儀式が終るや、容保父子は再び城内に入り、藩兵に訣別した後、薩州・土
- 587,595,61,2252會津藩が降伏せる後、幾許もなく盛岡・庄内等諸藩も相次いで歸順し、半歳に
- 1263,529,67,2317外の藩兵も亦鹽川に於いて謹愼を命ぜられた。尋いで二十四日、中村半次郎
- 241,531,60,2316を沒收して、徐にこれが處分を決定せんとせられたのである。是に於いて東
- 594,283,41,167官軍の凱
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