『維新史』 維新史 5 p.490

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其の厄を免れたのは眞宗であつた。而して佛像・佛具の類は孰れも廢毀せら, 一箇寺が廢寺となり、其の他眞言宗・日蓮宗でも多數の寺院が廢せられ、比較的, づるや、藩廳は神葬祭を令し、中元・孟蘭盆を廢し、歴代藩主の廟號を神號に改め、, れ、石塔・供養塔は堤防の下積、或は溝川の石橋等に使用せられるに至つたので, に充て、佛具等を武器に使用する計畫を樹ててゐた。されば神佛分離の令出, は忽ち藩内に漲り、佛像・經卷等を燒棄し、或は破却して、一藩の佛教は殆んど潰, と共に、友祿は菩提寺を廢止し、藩民の佛具所持を禁じ、藩吏を遣して遍く藩内, の藩吏に平田派の門人が多く、孰れも神道を奉じてゐたので、神佛分離の發令, 總べて寺院を廢し、僧侶に悉く歸俗すべきを命じた。是に於いて廢佛の氣勢, 滅せんとするに至つたのである。又苗木藩に於いても、藩知事遠山友祿以下, 薩州藩には早くより平田篤胤の學風が行はれ、既に慶應年間廢寺を計畫し、, 僧侶の壯者を兵賦に服せしめ、其の老いたる者を教師と爲し、寺祿は之を軍資, に廢佛を諭示せしめ、更に自ら藩内を巡囘して之を勸説した。其の結果、徹〓, ある。, 苗木藩, 薩州藩, 第二十編新政の基礎, 四九二

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  • 苗木藩
  • 薩州藩

  • 第二十編新政の基礎

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  • 四九二

注記 (18)

  • 1604,542,58,2318其の厄を免れたのは眞宗であつた。而して佛像・佛具の類は孰れも廢毀せら
  • 1726,563,59,2297一箇寺が廢寺となり、其の他眞言宗・日蓮宗でも多數の寺院が廢せられ、比較的
  • 899,538,62,2335づるや、藩廳は神葬祭を令し、中元・孟蘭盆を廢し、歴代藩主の廟號を神號に改め、
  • 1482,544,58,2312れ、石塔・供養塔は堤防の下積、或は溝川の石橋等に使用せられるに至つたので
  • 1016,540,60,2321に充て、佛具等を武器に使用する計畫を樹ててゐた。されば神佛分離の令出
  • 670,540,61,2325は忽ち藩内に漲り、佛像・經卷等を燒棄し、或は破却して、一藩の佛教は殆んど潰
  • 329,543,60,2321と共に、友祿は菩提寺を廢止し、藩民の佛具所持を禁じ、藩吏を遣して遍く藩内
  • 442,544,60,2318の藩吏に平田派の門人が多く、孰れも神道を奉じてゐたので、神佛分離の發令
  • 787,541,60,2321總べて寺院を廢し、僧侶に悉く歸俗すべきを命じた。是に於いて廢佛の氣勢
  • 556,539,62,2319滅せんとするに至つたのである。又苗木藩に於いても、藩知事遠山友祿以下
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  • 1370,541,46,137ある。
  • 566,298,42,164苗木藩
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  • 1839,687,45,520第二十編新政の基礎
  • 1840,2376,44,116四九二

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