『維新史』 維新史 3 p.71

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然として國事に盡瘁するに至つたのである。, は發するに臨み、藩士等が浮浪の徒と往來するを禁じて、左の諭告を下した。, は之と策動して、不測の變事の生ぜんことは歴然たるものがあつた。されば吉, 攘夷ヲ名トシ、慷〓激烈之説ヲ以四方ニ交ヲ結ヒ、不容易企ヲ致候哉ニ相聞得, の不穩の形勢を告げ、出でて之を統御せんことを依頼するあり、茲に吉之助は奮, 文久二年三月十六日、久光は愈〻鹿兒島を發して東上の途に就いた。扈從する, 去ル午年外夷通商御免許以來、天下之人心致紛亂、各國有志ト相唱候者共、尊王, 一千餘人に達し、其の儀衞の盛なるは近古未曾有のことであつた。而して久光, 之助は深く事態を憂慮し、三月初旬鹿兒島に歸つたが、一藏の來訪して諸藩有志, もの、側役小松帶刀・同中山中左衞門・小納戸大久保一藏等を始めとして、士卒實に, 同意致候テハ、當國之〓害ハ勿論、皇國一統之騷亂ヲ釀出シ、終ニハ群雄割據之, 當り、諸國の有志は何れも薩藩の動向を探知せんとして來集し、薩藩急進派の十, 勤王之志ニ感激致候處ヨリ、右次第ニ及ヒ候筈ニハ候得共、浪人輕卒之所業ニ, 候。當國ニテモ右之者共ト私ニ相交リ、書翰往復等致候者有之哉ニ候。畢竟, 久光の東, 上, 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京, 七一

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  • 久光の東

  • 第二章薩州藩の進出第二節島津久光の率兵上京

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  • 七一

注記 (18)

  • 1399,556,56,1301然として國事に盡瘁するに至つたのである。
  • 914,560,60,2195は發するに臨み、藩士等が浮浪の徒と往來するを禁じて、左の諭告を下した。
  • 1751,561,58,2299は之と策動して、不測の變事の生ぜんことは歴然たるものがあつた。されば吉
  • 680,625,58,2247攘夷ヲ名トシ、慷〓激烈之説ヲ以四方ニ交ヲ結ヒ、不容易企ヲ致候哉ニ相聞得
  • 1516,560,59,2306の不穩の形勢を告げ、出でて之を統御せんことを依頼するあり、茲に吉之助は奮
  • 1279,623,59,2236文久二年三月十六日、久光は愈〻鹿兒島を發して東上の途に就いた。扈從する
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