『維新史』 維新史 3 p.319

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地に砲臺を築くべきを命ぜさせ給うたのである。, 等を上京せしめて、姻戚なる議奏正親町三條實愛によつて赦宥を哀願し、七日重, ので、久昭は十四日入京して恩命を謝し、幕府に對しては、病と稱して參府を辭せ, ねて罪状を具し、寛免の御沙汰あらんことを奏請した。是に於いて朝廷は、十一, んことを請ひ、藩地に幽閉中の一敏に對しては、宥免の命を傳へたのであつた。, 水の建議は、久昭が前過を償はんとして敢て此の擧に及んだのであるといふを, 宮・關白・議奏・武家傳奏等を訪ね、朝恩の洪大なるを謝した。先に述べた琵琶湖疏, 促した。久昭は直ちに之を諾し、十一月三日用人小原隼太・大坂留守居熊田萬八, 越えて翌十二月十三日、一敏は同志と共に入京し、直ちに久昭に隨從して青蓮院, 日久昭の前過を宥免あらせられ、以後は國事に盡瘁すべき旨を傳へさせられた, に赴いて久昭を訪れ、朝命を蔑如せる所以を難詰して、罪を闕下に謝せんことを, 得べく、然るに朝廷に於いては之を至難なりと思召されて、改めて八幡・山崎の要, 院宮尊融法親王・關白近衞忠熙の諒解を仰ぎ、薩長土三藩士は十月二十九日大坂, 兵力を以ても其の東行を遮止するに一決した。斯くて先づ朝旨を候して、青蓮, の哀願, 中川久昭, 一敏の宥, 免, 第五章政權復歸の兆第一節將軍家茂の上洛, 三一九

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  • の哀願
  • 中川久昭
  • 一敏の宥

  • 第五章政權復歸の兆第一節將軍家茂の上洛

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  • 三一九

注記 (20)

  • 324,554,59,1427地に砲臺を築くべきを命ぜさせ給うたのである。
  • 1405,540,59,2307等を上京せしめて、姻戚なる議奏正親町三條實愛によつて赦宥を哀願し、七日重
  • 1052,551,62,2293ので、久昭は十四日入京して恩命を謝し、幕府に對しては、病と稱して參府を辭せ
  • 1286,542,61,2286ねて罪状を具し、寛免の御沙汰あらんことを奏請した。是に於いて朝廷は、十一
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