『大日本史料』 4編 1 文治元年11月~3年8月 p.503

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百餘日を殘て、めしとられ候とそ申ける、兵衞佐殿、所帶はなきと問給へ, は、紀伊國に候しか共、き見の御領に罷成て候と申す、さそ候らんと仰られ, 八日の事也、盛久、頭を續のみならす、本領を返し給る上、越前國池田庄を賜, 還補すへきよし仰られて、是を歸さるゝうへ、龍蹄一匹に鞍置て、是を賜る, て、件の所帶なかく相違あるへからすと、安堵の御下文たひて、本のことく, 手觀音を造立し奉りて、清水寺の觀音に並へ參らせて、内陣の右の脇に立, 奉りて、千日毎日參詣をとくへきよし宿願候て、既に八百餘日參詣し、今二, の奉行せしむへきよし、かさねて御下文を賜る、是は文治二年丙午六月廿, し申て候とて、盛久を召かへされたり、兵衞佐殿、信伏の首を傾け、手を洗、口, 北條四郎時政に仰て、越前國池田庄をもて、法住寺仙洞を造進せらるゝ、そ, るそ、奇特瑞相をあらはす、不審也と仰らるに、殊なる宿願候はす、等身の千, より三におれて候、又次の太刀は目貫よりをれて、盛久か頭はきれす候よ, るも、是偏に清水寺觀音乃御利生也、盛久、同七月下旬の比歸洛して、宿所へ, をすゝき、御直垂めして、盛久に、抑いかなる宿願あて、清水寺へは參り給け, の、盛久か身に代らせ給ひたりけるにや、首を刎候なるに、一番の太刀は中, 盛久ヲ宥, 盛久二本, 領及ビ新, 恩ヲ與フ, 文治二年七月二十五日, 五〇三

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  • 盛久ヲ宥
  • 盛久二本
  • 領及ビ新
  • 恩ヲ與フ

  • 文治二年七月二十五日

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  • 五〇三

注記 (21)

  • 1010,756,64,2026百餘日を殘て、めしとられ候とそ申ける、兵衞佐殿、所帶はなきと問給へ
  • 905,762,60,2032は、紀伊國に候しか共、き見の御領に罷成て候と申す、さそ候らんと仰られ
  • 369,765,66,2032八日の事也、盛久、頭を續のみならす、本領を返し給る上、越前國池田庄を賜
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  • 795,760,65,2036て、件の所帶なかく相違あるへからすと、安堵の御下文たひて、本のことく
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