Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
れは、鎌倉にも下著しぬ、梶原平三景時、兵衞佐殿の仰を承て、盛久をめす、心, ふしきの夢をこそ見たれとの給けれは、さる事候、平家の侍に主馬入道盛, もなく、おもひつゝけて、なけきくらし、朝の露に命をかけ、日數も漸かさな, 申けるは、我清水邊に候僧也と申とおほして夢のめて、兵衞佐殿にろゝる, てかれ候か、まけて宥免候へき由申す、室家夢中に誰人にておはするそ、僧, 宗遠太刀をぬき頭をうり、その太刀中より打をりぬ、又打太刀も目貫より, おれにけり、不思儀の思をなすに、富士のすそより光二すち、盛久か身にさ, 衞佐殿の室家の夢に、墨染の衣きたる老僧一人出來て、盛久斬首の罪にあ, しあてたりとそ見へける、宗遠使者を立て、此よしを兵衞佐殿に申す、又兵, 國か子に、主馬八郎左衞門尉盛久と申者、京都に隱れて候つるを、尋とりて、, 中の所願を尋申に、子細をのへす、盛久、平家重代相傳の家人重恩厚徳の者, 遍はかり申けるか、いかゝ思ひけん、南に向て又念佛二三十遍斗申けるを、, て、文治二年六月廿八日に、盛久を由井濱に引すへて、盛久西に向て、念佛十, 也、早く斬刑にしたかふへしとて、土屋三郎宗遠に仰て、首を刎らるへしと, 只今宗遠に仰て、由井の濱にて首を刎よとて遣して候、此事清水寺の觀音, 盛久ヲ斬, 二當ス, 文治二年七月二十五日, 五〇二
頭注
- 盛久ヲ斬
- 二當ス
柱
- 文治二年七月二十五日
ノンブル
- 五〇二
注記 (19)
- 1675,752,68,2025れは、鎌倉にも下著しぬ、梶原平三景時、兵衞佐殿の仰を承て、盛久をめす、心
- 495,756,69,2033ふしきの夢をこそ見たれとの給けれは、さる事候、平家の侍に主馬入道盛
- 1792,751,59,2024もなく、おもひつゝけて、なけきくらし、朝の露に命をかけ、日數も漸かさな
- 603,746,64,2040申けるは、我清水邊に候僧也と申とおほして夢のめて、兵衞佐殿にろゝる
- 710,749,68,2041てかれ候か、まけて宥免候へき由申す、室家夢中に誰人にておはするそ、僧
- 1139,748,67,2037宗遠太刀をぬき頭をうり、その太刀中より打をりぬ、又打太刀も目貫より
- 1034,754,63,2028おれにけり、不思儀の思をなすに、富士のすそより光二すち、盛久か身にさ
- 815,745,69,2041衞佐殿の室家の夢に、墨染の衣きたる老僧一人出來て、盛久斬首の罪にあ
- 927,753,66,2034しあてたりとそ見へける、宗遠使者を立て、此よしを兵衞佐殿に申す、又兵
- 384,754,74,2050國か子に、主馬八郎左衞門尉盛久と申者、京都に隱れて候つるを、尋とりて、
- 1569,747,67,2034中の所願を尋申に、子細をのへす、盛久、平家重代相傳の家人重恩厚徳の者
- 1249,745,65,2050遍はかり申けるか、いかゝ思ひけん、南に向て又念佛二三十遍斗申けるを、
- 1355,748,65,2035て、文治二年六月廿八日に、盛久を由井濱に引すへて、盛久西に向て、念佛十
- 1462,747,64,2031也、早く斬刑にしたかふへしとて、土屋三郎宗遠に仰て、首を刎らるへしと
- 278,748,74,2040只今宗遠に仰て、由井の濱にて首を刎よとて遣して候、此事清水寺の觀音
- 1488,412,37,157盛久ヲ斬
- 1450,421,33,101二當ス
- 1890,813,44,390文治二年七月二十五日
- 1904,2396,40,111五〇二







