『維新史』 維新史 3 p.214

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針に關する論難に發してゐる。, 後藤象二郎, に佐幕派の元兇なりとして排斥運動を起せるは此の際のことで、其の原因、一は, 東洋は文化十三年高知城下帶屋町に生れ、初め中村十次郎, を開いて子弟の教育に當り、, 放伐論を是認せる事實を擧げ、大義名分を解せざる者として論難した程であつ, 之事、以泰時爲罪魁」(靜遠居類稿)と斷じて居り、世評の果して當れるや否やは、多, 東洋の抱懷せる開國思想に關する不滿、一は戊午大獄以來東洋が執れる對幕方, せしめるものである。長濱村〓居中、少林塾, 福岡藤次, て和漢の書を學び、後伊勢に遊んで齋藤拙堂に師事し、江戸に出でては藤田東湖・, た。併しながら現時遺存せる「北條泰時論」に依れば、東洋は明白に「故余論北條氏, なりとして斥けた。彼の編纂に係る「海南政典」の如きは、其の學殖と經綸とを察, ゐたが、當時又東洋の行動を難ずるの徒も尠からず、彼が北條泰時を崇拜し、湯武, 鹽谷宕陰・安井息軒・江川太郎左衞門, 經世利用の實學にあつて、經義訓詁を輕んじ、特に闇齋學派に對しては、迂遠固陋, 〓・岩崎彌太郎寛等は門下中の錚々の士として聞えて, 等の諸名士と交つた。其の旨とする所は, 〓鹿持雅澄に就い, 鶴田塾と, 初良輔, も云ふ, 元樺, 弟, 龍, 英, 里, 西, 孝, 東洋の學, 識, 第十編朝權の確立, 二一四

割注

  • 鶴田塾と
  • 初良輔
  • も云ふ
  • 元樺
  • 西

頭注

  • 東洋の學

  • 第十編朝權の確立

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  • 二一四

注記 (33)

  • 1531,542,56,884針に關する論難に發してゐる。
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  • 1754,549,60,2293に佐幕派の元兇なりとして排斥運動を起せるは此の際のことで、其の原因、一は
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  • 801,2048,57,814を開いて子弟の教育に當り、
  • 434,536,59,2303放伐論を是認せる事實を擧げ、大義名分を解せざる者として論難した程であつ
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  • 1633,537,60,2310東洋の抱懷せる開國思想に關する不滿、一は戊午大獄以來東洋が執れる對幕方
  • 801,545,57,1277せしめるものである。長濱村〓居中、少林塾
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