『維新史』 維新史 3 p.227

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ゐるが、是は刺客の何人たるかを不明ならしめんが爲の策であつた。而して當, 雁切河原に東洋の首は梟示せられ、傍の木札には墨痕鮮かに罪科が認められて, 等に之を渡して、闇にまぎれて亡命した。明くれば九日早曉、高知城下西街道の, る落首さへ多數流布したのであつた。, の搜索に努めたが、尊攘派は瑞山の道場の筋向なる島村壽太郎宅に陸續集合し、, あつた。而して罪状には、東洋が自恣の所業あり、上を欺き、下を虐げ、賄賂を貪り、, 時士民は東洋の横死を聞いて之を悲しまずして、寧ろ快哉を叫び、事件を揶揄す, 藩廳は威權赫々たりし東洋を失つて、驚愕狼狽措く所を知らず、〓りに下手人, 華奢を極めたことのみを難じ、佐幕開港の政策に説き及すことは強ひて避けて, 瑞山と生死を共にせんことを誓つて氣勢を揚げたので、藩廳側も容易に彈壓の, 最期を遂げた。信吾は直ちに東洋の首を切り、途中に待受けた同志河野萬壽彌, を聞いて助勢に馳せ參じた宮田頼吉, 拔いて、太刀尖鋭く切り結んだが、竟に衆寡敵せず、四十七歳を一期として非命の, り一太刀浴せたが、傘に觸れて淺手を負はせたに過ぎない。東洋亦直ちに刀を, とであつた。最初信吾が東洋の背後よ, 亮, 貞, の情勢, 東洋死後, 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京, 二二七

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  • の情勢
  • 東洋死後

  • 第三章土州藩の擡頭第二節山内豐範の入京

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  • 二二七

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  • 921,561,66,2302ゐるが、是は刺客の何人たるかを不明ならしめんが爲の策であつた。而して當
  • 1278,558,64,2298雁切河原に東洋の首は梟示せられ、傍の木札には墨痕鮮かに罪科が認められて
  • 1396,556,66,2298等に之を渡して、闇にまぎれて亡命した。明くれば九日早曉、高知城下西街道の
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