『維新史』 維新史 3 p.213

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られ、爾來朝倉村, 尋いで藩要路の更迭を斷行し、新に坪内求馬, 隆々たるものがあるに至つた。藩内尊攘派が郷士中より擡頭し、東洋を目する, ふべき意見書の起草を命ぜられた一事に徴しても、如何に豐信の信任が厚かつ, たかを想像すべきであらう。然るに翌安政元年六月、故あつて褫職歸國を命ぜ, 大目付に就任してより僅かに旬日餘に過ぎざるに、早くも幕府の外交諮問に應, 以て遇せられ、忽ち仕置役に昇進して、藩政の機務を掌握するに至つた。東洋が, 治經濟に關しては當時海南第一人者と稱せられてゐたから、豐信よりは師友を, 彼の幽棲を許さず、安政五年正月、再度仕置役に登用せられ、威權は昔にも増して, ノ道相心得申度候。唯日々ウカウカト遊慰ニ傾キ、音曲禽獸ヲ好ミ、國家ノ盛, 先達而組頭共へ、諸氏ノ風俗ノ儀申聞候上ハ、孰モハ猶更右ノ趣意ヲ引受、文武, に謫居生活を續けること四年に及んだが、急迫せる時勢は, 等を上士中より拔擢登用した。就中大目付に擧げられた東洋は、博學達識、政, 衰ニ心ヲ用サルハ、不忠ノ罪難逃候。中老共モ同樣相心得可申候。, ・吉田東洋・片岡範三郎, (土佐藩政録), 大崎健藏, 濱村, 後長, 樹, 光, 〓, 光, 謙, 重, の登用, 吉田東洋, 第三章土州藩の擡頭第一節土州藩情と尊攘派の擡頭, 二一三

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  • 濱村
  • 後長

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  • の登用
  • 吉田東洋

  • 第三章土州藩の擡頭第一節土州藩情と尊攘派の擡頭

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  • 二一三

注記 (29)

  • 558,532,54,459られ、爾來朝倉村
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